おいしい言葉

 昨日、おいしい声について書いていて、口にするとおいしい言葉もあるなあ、と思った。

 例えば、「ビフテキ」。この頃はあまりビフテキとは呼ばず、もっぱらビーフステーキ、あるいはステーキと呼ぶようだ。ビフテキには、いささか昭和のにおいがするからだろうか。もしメニューに「ビフテキ」と書いている店があったら、少々“狙って”いるのかもしれない。

 しかし、ビフテキはおいしい。いや、ビフテキそのもの、つまり肉料理の味もさることながら、「ビフテキ」という響きがおいしいのだ。細かに分解すると、「ビフ」の部分が肉汁を含む肉の味わい、歯ごたえを感じさせ、「テキ」の部分がパワーを象徴する。ビフテキビフテキ、ああ、ビフテキ

 ビフテキと来れば、トンカツである。何が「〜と来れば、〜である」なのか、自分で書いていてさっぱりわからないが、話の展開上、大目に見ていただきたい。

「トンカツ」も、まあ、言葉の響きとして悪くはない。しかし、「トンカツ」よりその語源である「カットレット」のほうがぐっとおいしいと、少なくともわたしは思う。カットレットにはトンカツほどのパワーは感じられないし、肉も薄めに切ってあるふうがある。だが、なぜだかわからないが、カットレットのほうがよい油を使って揚げている感じがする。ジュージュー揚げたての音がする。リズムもよい。三連符の、いわゆるハネるリズムだ。「カットレット」と口にすると、口中においしさが広がる。はい、声に出して。カットレット、カットレット、カットレット、カットレット。

 言葉の響きというものをなめてはいけない。例えば、「ババロア」。あれが、もし例えば「シュピルブルゲン」なんていう何てこともない名前だったら、日本の洋菓子の中で一定のポジションを築けたであろうか? と思うのである。