紋切り型の言葉

 紋切り型の言葉というのはあまり評判がよくないようだ。「思わず天を仰いだ」とか、「黒山の人だかり」とか、その手の表現である。しかし、口にする人や状況によっては、なかなかよい味わいを醸し出すものもあるように思う。

 例えば、こんな言い回しがある。

口にチャック

 黙って秘密にしてしまうときなんかに使う。総務部課長の山本太一さん(45・仮名)が、社内の小さな不祥事について部下に「その話が出たらね、口にチャックだ」と手真似つきで指示するなんていうのは、なかなかよいように思う。何というか、発酵食品の味わいがある。「チャック」という音の響きもいいし、普段は気にとめないがよく考えると非常に精巧ななあの機構と機能もいい(YKKって凄いよね)。

 あるいは、

キャッチボール

 という言い回しにも、紋切り型のよさがある。

 会社では、どちらかというと総務より営業方面でよく使われる言葉だろう。営業の上司なんかが、「まずは向こうに投げてみるか。それからお客さんとキャッチボールだ!」などと言う。やりとりしながら要件を詰めていく、というような意味である。

 これは、使う人を少々選ぶ言葉であって、例えば、学生の就職活動の面接で「我が社を選んだ理由は?」と訊かれて、「まずはこうやってキャッチボールです」と答えるのは、なかなかリスキーである。面白がってもらえる可能性もあるが、無難な線を狙うなら避けたほうがよいように思う。

 他に、会社でよく使われる紋切り型の言葉に、

ホウレンソウ

 というのがある。報告・連絡・早退の略だ。違った。帰ってはいけない。報告・連絡・相談の略である。まあ、これもいささか手垢にまみれている。駄洒落のにおいがするところも危険だ。ただし、山本太一さん的な、社内でしょーもねーなーと思われつつも何となく愛されている人物が口にすると、なかなかよい味わいがある。これもまた、発酵食品的な言い回しのように思う。

うれしい悲鳴をあげる

 というのもある。報道で「○○社では生産が追いつかず、うれしい悲鳴をあげています」などと使うのだが、常々、その現場を見てみたいと思っている。会社のあちこちで、社員が「生産が間に合いません!」「キャー!」などと騒いでいるのであろうか。