日本国紀 気持ちよくなりたい人のための歴史

 百田尚樹の「日本国紀」を読んだ。文庫本版のほうである。

 

 

 

 何のきっかけだったか忘れたが、Amazonの読者レビューを見たら、大絶賛の嵐だったのだ。たとえば、こんなふうだ。

 

日本の歴史を学ぶにはこの本しか有りません。

引き込まれた。素晴らしい歴史書

百田さんは凄い

本書は日本人に大和魂を覚醒させる目から鱗が落ちる斬新な日本国通史の決定版、一人に一冊を具備すべき必読書。本文よりもコラムが面白く説得力があり参考になる!

 本当の日本の歴史

日本人よ!読むべきです!

学校で習った日本史止まりの人なら感動すると思う

すべての日本人に読んで欲しい

中学か高校の教科書にしてほしい

 

 実際にはもう少しおとなしいものもあるのだが、大仰な見出しのものを選んだ。

 ここまで絶賛させる歴史本とはどんなものだべさ、と読んでみた。

 結論からいうと、これは日本人を気持ちよくするために書かれた本である。日本の先人たちがいかに優れていたかを説き、実は自分たちは高みにいるのだという快感を覚えさせるために歴史を使っているという印象だ。

 百田尚樹は歴史の中からもっぱら日本人が優れていると語れそうな部分を抜き出し、褒め称えて書く。そういう部分を読んで、気持ちよくなる人も多いのだろう。都合の悪い部分については書かないか、書かざるを得ないときは「残念なことでした」で片付けてしまう。目的が日本人を気持ちよくさせることだから、そういう書き方になる。

 朝鮮や中国をことさらに貶めるような記述も多い。そんなに蹴落としたり引き摺り下ろしたりしなくてもよかろうに、と思うのだが、人々の中にある嫌韓、嫌中気分を刺激することを狙っているのだろう。朝鮮や中国の悪口に快哉を覚える人も多いのかもしれない。百田尚樹聖徳太子の十七条憲法を絶賛しているが、その第一条の「和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ」を大切にする気はないようだ。 

 語り口はうまい。意外にも明治・大正あたりまでは楽しく読み進めることができた。ベストセラー作家の筆力というのは大したものだと思う。

 歴史学の定説と自分の感想・意見を分けて書いているところも巧妙だと思う。自分の感想・意見だと明記することで、史実についての客観性を担保しているように見せている。

 もっとも、それは途中までで、大東亜戦争に入るあたりでだんだんと怪しくなる。戦後のGHQによる占領からは、百田尚樹の口の臭いがどんどんキツくなる。自分の主張のために歴史を書くようになり、読んでいて、少々げんなりした。

 それにしても、冒頭のレビューのように大絶賛、大感動する読者の心理というのは何なのだろうか。書かれたものに対して素直なのか、歴史についてうぶなのか、批判精神(否定するという意味ではない)をあまり持たないのか。もしかすると、大絶賛、大感動する人々というのは何らかのコンプレックスを抱いており、こういうものを読むと、コンプレックスから解放された気分になって、気持ちよく感じるのかもしれない。そうでないとしたら、あそこまで大仰に大絶賛、大感動する理由がよくわからない。

 自虐史観もくだらないが、自慢史感もくだらないとおれは思う。どちらも、見たいものを見たいように見ているからだ。また、自分たちの歴史を自慢げに語るのは、家系を自慢する人に似て、少々みっともないようにもおれは感じる。