クリスマスと多神教

 街ではそろそろクリスマスの飾り付けが始まっている。

 まだ1ヶ月も先なのに気の早いことだと思うが、夜の街にクリスマスの華やかなイメージが合っていて、「気分」を楽しみたいということなのだろう。多くの日本人にとってクリスマスはあくまで「気分」である。

 おれは以前からキリスト教徒でない人間がクリスマスを祝うことに疑問を持っていて、信じてもいないものを祝うのはむしろ失礼なんじゃないかと思っていた。

 しかし、この頃では日本人の多くは多神教徒であって、クリスマスもイエスなりキリストなりという神様のひとりを祝うイベントなのだと考えるようになった。正月には神社で神様に挨拶し、クリスマスにはイエスなりキリストなりを祝い(もっとも気分を味わいたいだけの人も多いだろうが)、葬式や法事では仏様にお経を読む。お地蔵様にはぺこりと頭を下げ、八幡様やお稲荷さんに願い事をし、結婚式はカッコいいので教会であげる。とまあ、そんなふうなのだ。

 日本は昔からアニミズムの国で、あらゆるところに神様がいると考えてきた。中国経由でインドから入ってきた如来や菩薩、四天王なんかも多くの神様のなかに組み込まれた。キリストもそのひとりなのだろう。

 日本人は無宗教だと言われるけれども、そうではないと思う。日本人の多くは多神教なのだ。ただ、神様それぞれについて深く考えることはしない人が多いのだろう。キリスト教の神様が「この世に神はわししかおらんのだ」と主張していたとしても、そんなことは気にかけない。いろいろいる神様のひとりくらいにしか考えていない。そのときその場で目の前にいる神様を信じる。そういう人が多いのだろうと思う。教義より神様それぞれのイメージやイベントの気分が大事なのだろう。

針の穴から世界を覗く

 ネット上のニュースやFacebookを見ると、MLB大谷翔平の話題がよく出てくる。サッカーのプレミアリーグのニュースでは、ブライトンの三苫リヴァプールの遠藤がよく取り上げられる。

 大谷翔平がこれまでの日本人選手とは段違いの活躍を見せているのは間違いない。盛んに取り上げられるのは当然だろう。全盛期のイチローが辛うじていくらか近い位置にあったろうか。

 一方で、遠藤はリヴァプールのなかで、残念ながら二戦級の選手である。体を張った守備をしているが目を見張る活躍とはいえず、ファーストタッチやパスは危なっかしい。主戦級の選手がなんらかの事情で出られないときや、相手が弱くて選手を休ませたいときに出ているという感じである。正直、ニュースで取り上げるほどではないと思っている。

 日本人選手の活躍ばかりを取り上げるのはどうなのだろう、と思う。野球もサッカーもチームスポーツだし、素晴らしい選手は世界中にいるし、素晴らしいプレーを繰り広げているのに。

 日本人選手だけを注目して見るのは紙に開けた針の穴から世界を覗いているようなものだと思う。目の前の紙を取り除けば、そこには広い世界が広がっているのに。もったいない。

 もっとも、針の穴から覗く世界には独特の見え方もある。その狭い視界を一生懸命に観察するのも、それはそれで楽しみなのかもしれないが。

信じ込むと物事の見え方は変わる

 少し前にアメリカのディープステートについて論じた本を読んだ。

 その本によると、アメリカにはディープステートと呼ばれる裏の政府があって、国際金融資本=ユダヤ系金融資本によって操られており、トランプはディープステートと戦っている偉大な大統領なのだそうだ。ディープステートはメディアも操っているので、報道されることはない。歴史をさかのぼるとケネディ大統領の暗殺も、リンカーン大統領の暗殺も、ソ連の成立も、ウクライナ戦争も、コロナ禍も、全て国際金融資本=ユダヤ系金融資本が黒幕だという。

 馬鹿馬鹿しい陰謀論で、紹介するほどの本でもないので書名などは書かない。

 しかし、アマゾンのレビュー欄を読むと異常に評価が高く、「よくぞ書いてくれた」「知らなかった」「目が覚めた」などと称賛する声が多い。こんな馬鹿馬鹿しい本に、とちょっとショックを受けた。

 こんなレビューがあった。

これらの事実に対して「陰謀論」とレッテルを貼るのは、無知なのか自分の常識が否定されるのが恐ろしいのか何か都合が悪くなるのか。

 ディープステートやら黒幕の存在やらを信じ込んでしまうと、馬鹿馬鹿しいと考える者は陰謀の一端にからんでいるのだ、と思い込んでしまうらしい。下手なもじりで申し訳ないが、信じる者は救われない。

 この手の陰謀論を簡単に信じ込んでしまう人が多いのはショックだし、不思議だ。単にうぶなのか。複雑な世の中を単純な図式で割り切ってくれるとすっきりするのか。それとも人が知らない秘密を自分が知ったことに快感を覚えるのか。影の何々、みたいな話にロマンを覚えるのだろうか。

 ボブ・ウッドワードの「恐怖の男」を読むと、トランプ政権の内情というか、トランプという人の出鱈目さは大変なものである。

 

 

 しかし、ディープステートなるものを信じ込んだ人がこの本を読むと、「ボブ・ウッドワードもディープステートに操られているのだ」と考えてしまうのかもしれない。

石油の帝国〜エクソンモービルという民間帝国

  スティーブ・コール著「石油の帝国 エクソンモービルアメリカのスーパーパワー」を読んだ。

 

 

 エクソンモービル(1999年にエクソンがモービルを実質的に買収し、エクソンモービルとなった)という強大な石油企業が1989年から2011年までに事故や石油産出国やアメリカの政治に対してどのように立ち回ったかを膨大な取材と事例で描き上げていく。時には石油流出事故に対応し、時にはゲリラとそれに対する弾圧に対処し、時には海賊と戦い、時には訴訟を争い、時には環境保護団体と戦い、時にはアメリカ政府の環境保護政策に立ち向かう。

 原題は“Private Empire - Exonmobil and American Power”だから訳すなら「民間帝国 - エクソンモービルアメリカの権力」といったところか。エクソンモービルは「帝国」として常に石油を求めて拡大を図る。その境界線で現地政府と対峙する。帝国内部には巨大な石油埋蔵量とマネーが蓄積される。

 アメリカ政府とは微妙な関係である。ロビイングを通じて有利な政策を引き出そうとするが、エクソンモービルにはエクソンモービルの思惑があり、アメリカ政府にはアメリカ政府の思惑がある。決してズブズブの関係ではない。ある意味、エクソンモービルにとってアメリカ政府も現地政府のひとつである。

 2003年にアメリカがイラクに攻め入ってイラク戦争が始まったとき、アメリカの真の狙いはイラクの石油だ、などという説をもっともらしく唱える人々がいた。この本を読むとそんな単純な話ではないことがわかる。エクソンモービルエクソンモービルであり、アメリカ政府はアメリカ政府であり、それぞれが当然ながら独立しており、何らかの政策をめぐって時に対立し、時に妥協する。

 世界は数多くのパワーが互いに引っ張り合いをして動いている複雑なネットワークだろう。単純化するとすっきり割り切れて気持ちよくなれるのかもしれないが、世の中の真の姿とは異なる。引っ張り合いをするパワーの中でも強大なもののひとつがエクソンモービルであり、そのありよう、動きようを複雑なままに描き出した本である。

「経済成長」の起源

 マーク・コヤマ、ジャレド・ルービン著「『経済成長』の起源」を読んだ。

 

 

 二部構成になっていて、第一部は経済成長をもたらす各種要因についてのさまざまな理論の紹介、第二部は各国の歴史に理論をあてはめてみる、という構成になっている。

 第一部であがっている要因は地理、制度、文化、人口、植民地の5つ。いろいろな学者の理論を紹介し、時に比較するかたちで、おれの頭では少しわかりにくかった。しかし、第二部で実地にそれらの理論をあてはめてくれるので、各種要因の働き具合がすとんと納得いった。よくできた構成だと思う。

 二十年ほど前にジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」がベストセラーになったことがあった。ある地域が発展する(あるいは衰退する)要因を地政学の観点から説明するもので、随分と評判になり、確かピュリッツァー賞も受賞したはずだ。

 しかし、読んでみておれは食い足りない感じがした。大部の著作の割には言っていることが少なくて、地理的条件に多くを帰するのは単純すぎやしないかと思った。地理的条件はもちろん、重要な要因だろうけれども、その他の要因間の絡み合いを軽視しているように思えたのだ。いわば、複雑な物事を単純に切ってみせて、人々に「わかりやすい」と受けたのではないか。「わかりやすい」からといって「正しい」わけではもちろんない。

 その点、「『経済成長』の起源」は経済成長をもたらす複数の要因と、その要因同士の絡み合いを捉えている。複雑なものを複雑なままに説明しようと努めていて、好感を持った。特に第二部でイギリスでなぜ産業革命が起きたのかの説明はとてもわかりやすく、なるほど、そうであったか、と納得した。

 出来事のつらなりや個人のヒロイックな姿とはまた別の、世界史の見方を教えてくれる本である。

ラグビーの不思議

 ラグビー・ワールドカップを見ている。おれが選手なら、試合開始5秒で首の骨を折って死んでるな、と思いながら見ている。

 強豪国の争いはやはり見応えがあり、面白い。イングランド×フィジー戦で、一時14点差をつけられていたフィジーが一気に追いついたときには格別フィジー・ファンというわけでもないのだが、感動した。もしかすると、日本代表だけを応援して他を見ないという人もいるのかもしれないが、もしそうならもったいないことだと思う。

 しかしまあ、ラグビーを見ていて思うのは、よくこんな複雑なルールのスポーツができあがったものだということだ。ラグビーのルールの歴史については知らないが、どうやってこんなルールができあがったのかと不思議に思う。

 ラグビーの基本的なコンセプトのひとつはパスを前に投げてはいけない、ということだ。これによって列をなしながら走って敵を突破していくラグビーの形ができあがった。パスを前に投げてはいけないから、ボールを前に落とすノックオンや、ボールを前に投げてしまうスローフォワードのルールができたのはまあ、わかる。あるいは、ボールを持った状態でタックルされて倒れ込んだとき、ボールを抱え込んだままでは先に進まないから、ノットリリースザボールができたのもわかる。タックルした相手のボールに覆いかぶさったままだとやはり先に進まないからノットロールアウェイができたのも、まあ、わかる。

 しかし、スクラムを組む、なんていうルールはどういう経緯でできたのだろうか。あるいは、ボールがサイドラインから出たときに大勢が列に並んでラインアウトでボールを取り合う、なんていうのもフットボール(サッカー)の発展形としてはちょっと思いつかないルールのように思う。

 伝説ではラグビーは、イングランドラグビー校でフットボールの試合をしていたとき、ウィリアム・ウェッブ・エリスという少年がボールを腕で持って走り出したことに始まるという。「おいおい」「何やっとんねん」「反則やんけ」とまあ、関西弁でツッコむこともないが、そこで単なるファウルにならずに、新しいスポーツが発展し始めたというのがそもそも不思議である(もっとも、エリス少年の逸話は本当かどうか疑わしいらしいが)。

 ボールを持って走ってよい、というところから、スクラムラインアウトのようなルールというか、工夫が生まれるまでには相当な飛躍がある。イギリス系のスポーツはサッカーやテニスのように比較的単純なルールのものが多いけれども、ラグビーは随分と複雑で作為的(悪い意味ではない)で、デザインされたスポーツのように思う。

日本のスポーツも強くなったもんだ

 ラグビーワールドカップで日本代表はアルゼンチンに負け、グループステージ突破はならなかった。しかし、敗れたとはいえ、イングランド、アルゼンチン相手にいい試合をしたのだから、日本も強くなったものだと思う。

 野球では大谷翔平MLBでホームラン王となった。これも一昔前にはとても考えられなかったことだと思う。サッカーでもプレミアリーグで日本人選手が普通にレギュラーとなっているし、スペインリーグやドイツリーグでも活躍している。登録選手自体が少ないNBAには八村塁がいる。ボクシングではモンスター井上尚弥のようなスーパーな選手が登場した。

 世界のメジャースポーツで日本人選手がこんなに活躍するようになるなんて、20世紀には考えられなかった。

 過去のラグビーワールドカップでの日本代表の戦績を見てみよう(Wikipediaからコピー)。

 

回数(開催年) ラウンド 日付 開催地 対戦相手 勝敗 スコア 監督・ヘッドコーチ
第1回(1987年) 1次リーグ 5月24日 ブリスベン  アメリカ合衆国 18-21 宮地克実
5月30日 シドニー  イングランド 7-60
6月3日 シドニー  オーストラリア 23-42
第2回(1991年) 1次リーグ 10月5日 エディンバラ  スコットランド 9-47 宿澤広朗
10月9日 ダブリン  アイルランド 16-32
10月14日 ベルファスト  ジンバブエ 52-8
第3回(1995年) 1次リーグ 5月27日 ブルームフォンテーン  ウェールズ 10-57 小藪修
5月31日 ブルームフォンテーン  アイルランド 28-50
6月4日 ブルームフォンテーン  ニュージーランド 17-145
第4回(1999年) 1次リーグ 10月3日 レクサム  サモア 9-43 平尾誠二
10月9日 カーディフ  ウェールズ 15-64
10月16日 カーディフ  アルゼンチン 12-33
第5回(2003年) 1次リーグ 10月12日 タウンズビル  スコットランド 11-32 向井昭吾
10月18日 タウンズビル  フランス 29-51
10月23日 タウンズビル  フィジー 13-41
10月27日 ゴスフォード  アメリカ合衆国 26-39
第6回(2007年) 1次リーグ 9月8日 リヨン  オーストラリア 3-91 ジョン・カーワン
9月12日 トゥールーズ  フィジー 31-35
9月20日 カーディフ  ウェールズ 18-72
9月25日 ボルドー  カナダ 12-12
第7回(2011年) 1次リーグ 9月10日 オークランド  フランス 21-47
9月16日 ハミルトン  ニュージーランド 7-83
9月21日 ファンガレイ  トンガ 18-31
9月27日 ネーピア  カナダ 23-23
第8回(2015年) 1次リーグ 9月19日 ブライトン  南アフリカ共和国 34-32 エディー・ジョーンズ
9月23日 グロスター  スコットランド 10-45
10月3日 ミルトン・キーンズ  サモア 26-5
10月11日 グロスター  アメリカ合衆国 28-18
第9回(2019年) 1次リーグ 9月20日 東京都調布市  ロシア 30-10 ジェイミー・ジョセフ
9月28日 静岡県袋井市  アイルランド 19-12
10月5日 愛知県豊田市  サモア 38-19
10月13日 神奈川県横浜市  スコットランド 28-21
準々決勝 10月20日 東京都調布市  南アフリカ共和国 3-26
第10回(2023年) 1次リーグ 9月10日 トゥールーズ  チリ 42-12
9月17日 ニース  イングランド 12-34
9月28日 トゥールーズ  サモア 28-22
10月8日 ナント  アルゼンチン 27-39

 

 2011年まで、ジンバブエに勝った以外は、日本は負け続けた。1勝18敗1分である。1995年にはニュージーランドに145点も取られる歴史的大敗を喫している。その頃には日本がワールドカップで勝てるときが来るとは思えなかったくらいだ。しかし、2015年からは勝ちが負けを上回るようになった。

 強くなった理由には外国出身の選手が代表として認められることになったのも大きいだろう。しかし、それにしたって60ヶ月、日本に住む(2021年までは36ヶ月)などの条件が課されているから、外国出身選手も含めて、日本のラグビーが強くなっているのは間違いないと思う。

 日本は、経済は停滞しているけれども、スポーツについては世界と拮抗できるだけの力を持つに至った。きっといろんな要因がからんでいるのだろうけど、グローバルに対応できるだけのものはできているのだと思う。