オルハン・パムク「黒い本」

 トルコの作家オルハン・パムクの「黒い本」を読んだ。

 

 

 失踪した妻の行方を探してイスタンブールの街を彷徨する主人公ガーリップのストーリーと、ガーリップのいとこで有名コラムニストのジェラールの書くコラムが交互に出てくる構成になっている。

 ガーリップのストーリーでは、「今」のイスタンブールのさまざまな光景の後ろから「過去」のイスタンブールのさまざまな出来事が立ち現れてくる。一方のジェラールのコラムは実に幅広い話題を扱い、技巧的な文体で、時に奔放にイスタンブールの街やさまざまなエピソードを取り上げる。両方合わさって、イスタンブールという歴史が重層する街のありようが浮かび上がってくる。そういう意味では、この小説の主人公はイスタンブールという街とも言える。

 海外の小説を読む楽しみのひとつに、一種の世界旅行ができることがある。「黒い本」はまさにイスタンブールを旅している気分にしてくれる。

 それにしても、イスタンブールという街はなんと豊穣な歴史、暮らし、エピソード、文化をたたえていることか。現在のイスタンブールは過去のイスタンブールの積み重なりの上にできあがっている。同じような小説を日本を舞台に書くなら、東京では足りない。京都なら辛うじて書けるだろうか。

 パムクの文章は絢爛としたフレーズの織り重ねで、圧倒される。たとえるなら、アラベスクの複雑さ、豪奢さを思わせる。ほのかなユーモアもあって、おれ好みだ。

「黒い本」はトルコで大変に売れたそうだ。細部をさまざまに読み解いていくマニア的な人々もいるらしい。傑作である。

小説家の生年

 少し前、谷崎潤一郎芥川龍之介の小説を読んでいて、プロフィールを見て谷崎潤一郎芥川龍之介より6つも年上であるのに驚いたことがある。年齢的には逆か、もっとずっと谷崎潤一郎が若いと思っていた。

 芥川龍之介が早く亡くなったうえに老成した作品を書いたのに対して、谷崎潤一郎は息が長く、戦後の風俗・文体を取り入れた小説まで書いていたせいもあるのかもしれない。

 国語の教科書に出てくるような小説家の年齢を書き並べてみよう。

 

森鴎外 1862年 文久2年

二葉亭四迷 1864年 元治元年

夏目漱石 1867年 慶応3年

幸田露伴 1867年 慶応3年 

尾崎紅葉 1868年 慶応3年

島崎藤村 1872年 明治5年

泉鏡花 1873年 明治6年

永井荷風 1879年 明治12年

志賀直哉 1883年 明治16年

武者小路実篤 1885年 明治18年

谷崎潤一郎 1886年 明治19年

芥川龍之介 1892年 明治25年

川端康成 1899年 明治32年

中島敦 1909年 明治42年 

太宰治 1909年 明治42年

 

 もちろん、まだまだ小説家はたくさんいるけれども、あまり多いのも煩雑になるのでこのくらいにしておこう。

 まず、明治の文豪というと夏目漱石森鴎外が並び称せられるけれども、鴎外のほうが漱石より5つも年上である。なんとなく近い年齢のように感じるのは、漱石の小説家としての活躍期間が十年ほどしかなく(「坊っちゃん」から「明暗」までがちょうど十年)、一方の鴎外は息が長く、鴎外の長い活躍期間中に漱石のそれが含まれてしまうからかもしれない。

 永井荷風の生年が意外と早い。生まれたのは西南戦争のわずか2年後である。書くもののモダンな印象がもっと後の時代の作家に(年齢を若く)感じさせるのだろうか。

 最初にも書いたが、谷崎潤一郎は案外と古い。武者小路実篤と一歳しか違わない。これも書くものにモダンなものがあるからか(まあ、谷崎潤一郎は古典に材をとったものから日本の伝統美を書いたもの、モダンな風俗を書いたものまで実に幅広いが)。

 逆に芥川龍之介は若い。志賀直哉より十歳近く若い。谷崎潤一郎より六歳若い。川端康成と七歳しか違わない。有名な小説に平安や中国の古典から材を得たものが多く、先にも書いたように老成した感じがあるせいだろうか。

 中島敦芥川龍之介に似て老成しており、太宰治と同い年である。川端康成より十歳も若い。中国の古い話を、やや古めかしい硬い文体で書いたせいのように思う。

 思いつきで調べてみただけだが、書くものの題材や文体で作家の古い・新しいの印象が変わるということは言えるかもしれない。あるいは、近代の進歩主義的な考え方が作用して、モダンなものほど新しい世代のものであり、古典的なものほど古い世代のものである、という思い込みが作用しているのかもしれない。

おれたちはどう生きるか

 おれは今、56歳で、そろそろ先が見えてきた。60歳になったらどうするかについてこれといって考えはないけれども、ぼんやりと思うときもある。人生設計がまるでできていないとも言え、いや、面目ない。

君たちはどう生きるか」を宮崎駿がアニメ化したらしいが、おれはアニメが苦手だし、宮崎作品も大仰で好きではないので、自分から見ることはないだろう。

 アニメの前には漫画化したものが売れた。その原作小説は80年以上前(戦前である)に書かれた超ロングセラーなんだそうだ。おれは漫画も原作小説も読んでいない。いや、面目ない。

 しかし、少し先にある定年後、あるいは老後を考えると、ちょっとこんな心持ちになる。

 ジジイだってどう生きるかは問題で、可能性がたくさんある青少年にくらべて、むしろジジイのほうが制約条件がいろいろあって切実かも知れない。

 まあ、なんとかなるだろう、という楽観は、考えることから逃げていることの裏返しであったりして、なかなかに悩ましい。

 おれたちはどう生きるか?

 

美術作品とデジタル化

 不思議な記事を読んだ。

 

mainichi.jp

 そもそもは大阪府所蔵の美術作品が地下駐車場に置かれていた(放っぽりだしてあったという感じか)ところから始まり、じゃあ、それらの作品をどうするか、という専門家らの会合が行われたということのようだ。

 府の特別顧問の上山信一という人が「デジタルで見られる状況にしておけば、(立体作品の)物理的な部品は処分してもいいというのはありえると思う」と言い、それに対して山梨俊夫氏(前国立国際美術館館長)、鷲田めるろ氏(十和田市現代美術館館長)が「裏付けとして現物を持っていることは必要だ」と反論したという。

 おれには奇妙な議論に思える。デジタル化すれば現物作品は処理してもいいのでは、という上山氏の意見も奇妙だが、美術の専門家である山梨氏、鷲田氏の「裏付けとして」現物を持つべき、という意見も奇妙だ。

 映像など、もともとがデジタル化されている作品は別として、現物が存在する作品をデジタル化したデータは、当然ながら美術作品そのものではない。現物には、たとえば絵画なら絵筆による絵の具の盛り上がり、筆の運びによる凹凸がある。それはデジタルデータでは感じ取れないものだ。

 いやいや、ちょっと話が違うな。たとえば、おれと、おれの写真が別物であるように、美術作品と、美術作品のデジタルデータは別物である。あるいは、生で見る芝居と、芝居のテレビ中継では見る側で体験している事柄がまったく異なる。テレビで見る人は芝居そのものを見ているわけではなく、芝居の「中継」を見ているだけである。

 絵の場合、なまじ絵の見た目と、デジタルデータ化したものの見た目が「似ている」から変な勘違いが生まれるように思う。「似ている」ということはそのものではない。デジタルデータの解像度が上がったせいで、かえって変な誤解が生まれているのかもしれない。

 大阪府の放っぱらかしになっていた美術作品がどのくらいの価値のものなのかは知らない。マーケットで売れないようなものなら、もしかすると処分ということはありえるのかもしれない。美術作品だからといって、全て保存すべきというのは違って、価値のある美術作品は保存すべきというのが正しいと思う。

 おれが違和感を持ったのはデジタルデータを作品現物と等価のようにとらえる考え方だ。それは違う。

文明と文化

 おれは昔から流行とか新しさというものに興味がない。

 昔、知人と話していて、「そういう考え方してると流行に遅れるよ!」と言われて、驚いたことがある。流行に乗る/遅れるということが大事なことなんて思ったことがなかった。

 新しさについても同様で、「これは新しい」と持ち上げたり、「古い」と切り捨てたりする態度を見ると、いったいなんなんだろうか? と不思議に思ったりする。新しいから素晴らしいとか、古いからだめとか、そんなことないと思うのだが、新しいバンザイ派の人からすると「新しい/古い」で価値が決まってしまうようだ。どうもピンと来ない。

 立川談志が何かの落語のマクラの中で「文明では満たされない人々に潤いを与えるのが文化だ」と言っていて、ああ、そうかもな、と思ったことがある。

 文明という次へ、次へとせき立てるような流れ、運動があって、それに簡単に乗っかれる人はある意味、楽なんだろう。しかし、次へ、次へという動きに距離を持つ人、疑問を感じる人はいる(おれがそうだ)。そういう人には文化が潤いを与えてくれる、というわけだ。浴衣に団扇は新しくないが、いい女がそうしてくれると潤いがある。いい女なら、なんだって潤いがあるか。

 談志のいう「文化」はもっぱら古い文化で、落語の属する、あるいは落語に表現される情緒の世界をうちに含むものなんだろう。文化といっても人によって捉え方が違うが、しかし、談志の言うことはよくわかる。たとえば、谷崎潤一郎は文化で、三島由紀夫は文明なんだろう。知らんけど。

日本の魔法使い

 ひさしぶりにロード・オブ・ザ・リング・シリーズの「二つの塔」を見た。

 

 

 おれはあんまりファンタジーが好きではないんだが、これはよくできていて、飽きずに見ることができた。

 見ながら、「これ、舞台が中世の日本だったらどんなだかなー」などと考えていた。全員ちょんまげ、ホビット族は体が小さくてちょんまげ、エルフは弓を背負ってちょんまげ、などとアホな妄想をしていて、ふと「魔法使い」はどうすればいいんだろうと思った。

 考えてみると、日本の昔話にはあんまり魔法使いが出てこない。陰陽師のようにあやかしの技をする者もいないではないが、ヨーロッパに比べて圧倒的に数が少ない。

 我が日本で魔法使いが少ないのはどうしてだろう。もっとも、最近はファンタジーの影響で魔法使いがはびこっているけれども。

 それにしても、指輪ひとつに大騒ぎですね。

 

テクロノジーと色気

 携帯型の扇風機を持って風を当てている女性を見かけることが多くなった。

 たいがいが淡い色をしたプラスチックの扇風機だ。若い女性が使っていることが多い。男が使っているのはあまり見かけないし、年配の女性が使っているのも見かけない。

 何年か前に中国人の女性がよく使っていて、へええ、と見ていたら、最近は日本の若い女性にも広まったようだ。

 この暑さだ。扇風機で風を当てたいという気持ちはわかる。しかし、どうも直接的すぎるというか、そのものずばりというか、要するに色っぽくない。

 若い女性が扇子で扇いでいるなんていうのはいいものだ。浴衣で団扇なんていうのもいい。しかし、扇風機を手に持っているなんていうのは色気がなくて、面白くない。

「いや、あんたを楽しませるためにやってんじゃないんだよ」と言われそうだが、しかし、そういうあなたも素敵に見えるように服には気を使うし、お化粧だってするじゃないですか。それは会う人のためということもあるだろうが、一方で外見(そとみ)を気にするところだってあるはずだ。え? 違う?

 古今亭志ん生に、女郎の格好を語って、「あれ、なに。コール点の足袋。色っぽくないよ!」というのあったが、見たことないけど、わかる気がした。

 テクノロジーは中には例外があるけれども、たいがいにおいて色気がない。安っぽいプラスチック製の扇風機なんて特にそうだ。

 扇子でゆらゆら。これだと思うんだけどな。