セリフまわしの価値観

 何度か書いたことがあるが、おれは日本のアニメが嫌いである。理由はいくつかあるが、極端な抑揚をつけるセリフまわしが不自然で嫌だということがひとつだ。少し前に「スラムダンク」の映画版を見てみたが、やはりセリフまわしの変な癖が耳について、途中で見るのをやめてしまった。

 昨日、成瀬巳喜男監督の映画「浮雲」を見た。1955年の映画である。

 

 

 アフレコを多用しているらしく、口と声がほんの少しだがずれているところがあった。ずれていることは別によい。ただ気づいたというだけである。

 アフレコだなあ、と思いながら見ていたのだが、アニメに見られるような変な抑揚はなく、ごく自然である。見ながら(聴きながら)、どうしてアニメはあんな変な抑揚をつけるのだろうか、とちょっと考えた。

 ひとつには絵が単調だから(動きがあるとしても実写のいろんなものが変化する情報量にはかなわない)、それを少しでもカバーするように声でカバーしているのかもしれない。

 しかし、それよりもアニメ独特の価値観、文化みたいなものにしたがっているというほうが大きいようにも思う。アニメの世界で生きる人たちはああいう極端な抑揚が当たり前になっていて、むしろ、いろんな作品を見る(聞く)うちに抑揚の付け方に独特の癖が育っていったのではないか。

 極端な抑揚をつけるという点では、たとえば、歌舞伎なんかもそうだ。歴代の歌舞伎役者たちのセリフの抑揚が受け継がれ、そのなかでこういう抑揚はいい、こういう抑揚は悪いという一種の価値観が育っていったのだと思う。歌舞伎役者たちは前の世代のセリフまわしをまね、あれは下手だ、あそこはこうしたほうがいいなどと言われながら、口調をつくりあげていくのだろう。

 日本のアニメも同じで、いろいろなセリフまわしのなかで、あれはいい、これは悪いという価値観、文化みたいなものが育ってきているのだと思う。

 ただ、おれは同じ極端歌舞伎のセリフまわしは別におかしいとは思わないが、アニメのセリフまわしは不自然に思えてしょうがない。まあ、好き嫌いと言われればそれまでだが。

オリンピックにサッカーはいらない

 サッカーのユーロ2024をちょぼちょぼ見ている。

 ヨーロッパのトップを争う大会で、近隣国同士の戦いだから、ワールドカップとはまた違った雰囲気があり、楽しい。

 若手選手がどんどん出てきていて、新鮮である。ワールドカップに向けて若返りを図る国も多いのだろう。

 しかし、気になるのは若手選手の日程である。レギュラーシーズンを終えた後、すぐに各国代表のキャンプに入り、ユーロ2024。その後にU23のオリンピックが控える。オリンピック後はそのままレギュラーシーズン。体を休める期間がなく、怪我をする選手も出てきそうだ。

 オリンピックのサッカーはいらないとおれは前から思っている。U23の大会というのが中途半端だし、ヨーロッパのクラブチームはすでにレギュラーシーズンに入る時期だからその間に若手選手が抜けるのは痛い。何より、さっき書いたようにU23の選手にとって休む暇がない。

 おそらく、オリンピック側からするとサッカーという世界的な人気スポーツを取り入れたいのだが、国際サッカー連盟側はワールドカップの価値を保持したく、妥協としてU23の大会をオリンピックでやるということになったのだろう。なんだかなー、である。

 まあ、おれはもともとオリンピックという大会の建前の嘘臭さや運営組織の官僚的な感じが好きではないせいもあるけれども。

いい子の火遊び

いつも使っている地下鉄の駅にサントリーの「ほろよい 白いサワー」の広告看板が出ている。こんな広告だ。

 

実データ グラフィック ほろよいキービジュアル

 

コピーを書き写すと、

いい子なわたしはもうおしまい。

あしたでいいなら、あしたやる。

楽しめるとき、楽しまな。

メールも、見ません。よろしくです!

夢中がはじまる。

ほろよい

 なかなか勢いのあるコピーである。ターゲットの(であろう)20代であんまりお酒を飲まない層に向けて上手に書かれていると思う。

 その一方で、おれはこの広告を見ると、いつもちょっと笑ってしまう。「ほろよい 白いサワー」はアルコール度数3%である。3%で「いい子なわたしはもうおしまい。」と言われてもなあ。おれなんか、40%を超える蒸留酒をクイっと飲むのが好きでしょうがない。まあ、いい子ではないけれど。

 とまあ、そんなふうで、いい子の火遊びというか、人生知らなさすぎるぜ、というか。可愛らしいけど。

 

ジャマイカには何があるのか

 おれの世代だと、ジャマイカというとレゲエをまず思い浮かべる。ボブ・マーリーに代表されるクラシカルなレゲエから、レゲエとヒップホップが異種混合したダンスホールスタイルへと進化する過程を、若い頃に見て(聞いて)いた。音楽で世界中に影響を与えた国である。音楽と渾然一体となったファッションも独特で、ラスタのスタイルは世界中に広がったし、ドレッドヘアもジャマイカで始まった。

 世間一般では陸上短距離のウサイン・ボルトが有名だろう。北京オリンピックの100mで9秒69を出したのは衝撃だった。その後、9秒58というさらに衝撃的な記録を出した。ベン・ジョンソンもジャマイカ出身だし(カナダ国籍)、マリーン・オッティスロベニア国籍)もそうだ。

 たまたまウィキペディアでジャマイカの項を見てみると、人口はわずか296万人だという。アルメニアアルバニアカタールと同じくらいだ。小国でありながら、世界的に有名な人物を輩出している。日本でいうなら、茨城県くらいの人口で、言うなれば茨城からボブ・マーリージミー・クリフとバーニング・スピアとウサイン・ボルトベン・ジョンソンパトリック・ユーイングが出た、みたいなことである。ちなみに茨城県深作欣二磯山さやかとマッハ桜井速人を送り出している。

 音楽についていうと、アメリカの影響を受けながらある種独自の文化的煮込みが起きた、ということかもしれない。スポーツは国をあげての教育政策、育成システムへの投資があるのだろうが、それにしても優秀である。

 ジャマイカには何があるのだろうか。

風、式、調

 この間買ったレトルト食品に「チャーハン風」と書かれた商品があった。チャーハン風とはなんだろうか、と食べてみると、ご飯にチャーハンのような味付けがしてあって、しかし炒めてはなく、確かにチャーハン風であった。

 風という言葉がつくものには本物に似せてあるが少し違うというニュアンスがある。日本風の庭というと、日本的な感覚の庭というふうで、日本庭園そのものではないと言外で語っている。日本風の庭、というのと、日本式の庭は違う。中華風というのも中華のものずばりではないという感じがする。

 調という言葉もある。日本調の家というと、感覚的には日本の伝統的な家そのものではないという感じがする。日本式の家というといろいろに捉えることができ、日本の方式を取り入れた家とも思えるし、日本の伝統的な家とも思える。

 和風、和式とはいうが、和調とはいわない。日本風、日本式、日本調はどれもいう。このあたりの違い、何に由来するのだろうか。

TOTOという不思議なバンド

 最近、仕事のからの帰りにTOTOを聞くことが多い。

 おれが初めてTOTOを聞いたのは高校生の頃くらいだろうか。「Rosanna」や「Africa」が流行っていた。いかにもアメリカのロサンゼルスというサウンドで、メンバーの演奏技量は高く、曲もポップで、実に「美味しい」のであった。

youtu.be

youtu.be

 今はこの後のファーギー・フレデリクセンやジェフ・ウィリアムズがボーカルだった頃のアルバムを聞くことが多い。実によくできていて、渋谷陽一の言うところの産業ロックの典型みたいな感じだ。

 TOTOにはいくつか不思議なところがある。

 オリジナルメンバーはもともと少年時代の頃から知り合いだったらしい。彼らはスタジオミュージシャンをして、その後にTOTOを結成するのだが、こんな優秀なミュージシャンがどうやって少年時代に知り合ったのだろうか。少年時代、すでに彼らは優秀で、演奏で知り合う機会がロサンゼルスのどこかにはあったのか(スタジオミュージシャンの口を「あいついいじゃん」と誰かが紹介するというのはいかにもありそうだ)。それとも少年時代にすでにスタジオミュージシャンだったのだろうか。

 TOTOの曲はどれも多くの音楽的アイデアにあふれている。メロディ、ちょっとしたフレーズ、リズムの絡み方、シンセサイザーの響き--どれも美味しい。そしてアイデアにあふれていながら、音楽的深みがほとんどない。妙にツルンとしている。そのあたりも不思議である。

 TOTOは優秀な消費音楽だ。確かに、産業ロックであって、よくデザインされた工業物みたいな感じがする。

むしる喜び

 これを読んでくれる人にとってかなりどうでもいい話だろうが、おれは体から何かをむしるのが好きだ。

 たとえば、乾いたカサブタ。もうイケるかな、まだ早いかな、というくらいのカサブタが最高だ。はじの方の少しめくれているところをつまんで、メリメリメリッとはがすときがたまらない。下がおおよそかたまっていて肉がうっすらとしたピンク色になっていたり、少し早くて血がにじんだりする。

 あるいは、弱い毛。おれは、耳の付け根の顔側でちょっとふくらんだところ(今調べたら耳珠というんだそうだ)に時々短い毛が生える。そいつの生え出した頃に先端を中指と親指の爪でつまんで抜く。ヌュイ、となんとも言えない感触で抜ける。この感触がたまらずいいのだ。

 きちゃない話になるのだが、耳垢やフケを剥がすのもいい。おれは耳かきを何種類も持っていて、特にいいのはステンレス製の螺旋状になったやつ。こいつを耳につっこんでムリッと耳垢をとる。螺旋の溝にいっぱいに耳垢がはまっていたり、思わぬ大物がとれたりすると、「おお!」となぜか喜びを覚える。どういう脳神経方面の働きなんだろうか。耳垢がとれたのを見ると、何か脳内物質が分泌されるのだろうか。なんと無駄な脳の働き。フケがとれるときの喜びはカサブタのそれに似ている。

 とまあ、最初に断った通り、実にどうでもいい話であった。正直、すまんかった。