おいしい声

 おいしい声というのがあるように思う。

 例えば、スティーヴィー・ワンダーの声なんかもおいしいが、わたしが聞いていて一番「おいしいなあ」と感じるのは、サム・クックの声だ。

 おいしい。

 おいしさにもいろいろあるが、サム・クックの声のおいしさは、例えば、ステーキのそれではない。魚料理のおいしさでも、パスタのおいしさでも、ましてや味噌汁のおいしさでもない。わたしは、なぜかシナモンを思い浮かべる。シナモン系統のお菓子のおいしさだ。

 声と料理の味には何のつながりもなさそうなのに、どうしてこういう連想をしてしまうのか、なかなかに興味深い。サム・クックの声とシナモンは、感覚器官(一方は耳、一方は舌)に対する刺激のパターンが似ているのだろうか。

 いわゆる「いい声」というのは、おいしい声とちょっと違うように思う。いい声の中にはおいしい声も含まれるだろうが、いい声=おいしい声ではない。

 クラシックの声楽の声は、一般にはいい声とされることが多いようだ。しかし、少なくともわたしはおいしい声に出会ったことがない。そもそも、ああいう「正しい発声法でがんばっちょります」という姿勢が苦手なので(無理矢理椅子に座らされている気になる)、ロクに聞いたことがないのだが。

 サム・クックとは全然違うが、伊武雅刀の声もおいしいと思う。こちらは深く、濃く、柔らかいウィスキーの系統であろうか。なんたって、「う〜ん」と一言つぶやいただけで、客を異世界に運んじゃうんだから、素晴らしい。

 わたしには夢がある。一度、伊武雅刀に坊さんになってもらい、法事をやってもらいたい。お経を読む声を聞きながら、参列者全員、夢幻の境地をさまよんじゃなかろうか。