小さい頃から不器用だ。
今朝も飯を食おうとして、しゃもじを落っことした。ありゃりゃ、と拾って洗おうとしたら、今度はスポンジを落っことした。どうにかしてくれ。
わたしが外科医と大工にならなかったことは、患者とローン支払者にとって幸いなことだったろう。
スパイも厳しい。基地に潜入して、センサーだらけの部屋の中、何かにぶら下がって指先だけで世界征服を阻止するためにチップをつかみ取る、なんて芸当はできそうにない。
指先が触れた途端にチップを落っことして、基地中にサイレンが、勝ち誇ったように鳴り響くだろう。「このドジ! このドジ! このドジ!」。そうして世界は征服される。
本当は、こうやってキーボードを打って画面に文字を表示しているだけでも、わたしとしては凄いことなのだ。よっ、はっ、ほっ。拍手くれ、拍手。
チェコの作家カレル・チャペック(ロボットという言葉を作った人)に、こんな文章がある。
運命の特別な悪意によって、ハンディキャップを負うている人たちがいる。その人たちは不器用者と呼ばれ、その人たちの手中にある物はにわかに生き返り、自分勝手でいささか悪魔的な気質を示すことさえできるかのようである。むしろ、その人たちは魔法使いで、ちょっと触るだけで生命のない物に無限の精気を吹き込むのだともいえる。わたしが、壁に釘を打ち込もうとすると、手の中の金槌がなんとも不思議な押さえきれない活気を呈して、壁とかわたしの指とか、近くの窓とか部屋の反対側にぶち当たる。小包にひもをかけようとすると、ひもの中にまさに蛇のような狡猾さが突発する。のたくり、手に負えなくなり、ついにはそのお気に入りのトリックだが、わたしの指をしっかりと小包に縛りつけてしまう。
この文章、昔にも引用した覚えがあるが、チャペックは本当に文章のセンスがいい。表現が上手い。ユーモアが素敵だ
そうなのだ。ワシら不器用者は魔法使いなのだ。ハリー・ポッターなんて裸足で逃げ出す魔法を、毎日、現出しているのだ。
問題は、その魔法がなぜか人の不為になるようにしか働かぬ、ということだ。
生命のない物体に無限の精気を吹き込むのだが、その生き始めた物体は、なぜか必ず邪悪な性質を帯びるのである。
いろいろな人たち―チャペック・エッセイ集 (平凡社ライブラリー (90))
- 作者: カレル・チャペック,Karel Capek,飯島周
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1995/03
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