自助努力

 私にはひとり尊敬している友人がいて、名を加藤という。


 友達何人かと一緒に、私は写真部なる活動をしている。最初は男三人で、サンボマスター状態だったのだが、だんだんと人数が増え、今や男女入り乱れて、大変に華やかである。


「男女入り乱れて」と書いたからといって、妄想をふくらませないでいただきたい。
 我々は禁欲的なのだ。あくまで目的は写真を撮ることにある。また、全員、服を着て活動することが、一応、暗黙の了解になっている。
 一度、「おれのヌードをロバート・メープルソープのように撮る、というのはどうだ?」と提案したことがあるが、見事に黙殺された。


 加藤は、この写真部の部長で、青果市場で働いている。
 容姿については、ブルース・ウィリスを縦横それぞれ2/3に縮小した姿を想像していただくといいだろう。
 頭部は美しい卵形をしている。ただ、細いほうが上になってしまったところが少々、残念なところだ。


 さて、私がなぜこの加藤という男を尊敬しているかというと、写真部の部長だからではない。
 私は別に権力に取り入りたいとは思わない。ヨイショするには、あまりにプライドが高すぎるし、何より面倒くさいからだ。


 私が加藤を尊敬するのは、ただ一点。彼が自助努力の男だからである。


 加藤はパソコンを持っていない。ウェブサイトを見るときは漫画喫茶へ行く。


 少し前に加藤が興奮して電話してきたことがあった。


「小さい『ぃ』の打ち方がわかったぞ!」


 最初は何を言っているのか、わからなかった。
 話を聞いてみると、この男、漫画喫茶でウェブサイトを見て、何か文字を入力しようとしたらしい。ところが、小さい「ぃ」を打つ段になって、入力の仕方を知らないことに気がついた。
 それから、彼は二時間、延々といろいろな方法を試してみて、ついに、「xi」と打つと、「ぃ」が画面に表示されることを発見した。


 私は感動した。


 広辞苑で「自助」を引くと、こう書いてある。


じ-じょ【自助】1.自分で自分の身を助けること。他人に依頼せず、自分の力で自分の向上・発展を遂げること。


「自分の力で自分の向上・発展を遂げること」。小さい「ぃ」の打ち方を発見した加藤は、まさに自助の男である。しかも、誰かに電話で聞けば1分もかからないことに二時間も費やして。


 この無駄な努力。無用の熱意。私が加藤を尊敬する所以(ゆえん)である。


 他にも、この加藤にまつわるエピソード、特に青果市場での話にはいろいろ書きたいものがあるのだが、あまりに衝撃的なので、公表できないでいる。


 さすがに、「スケスケ男」や「桃色の館」の話を書くわけにはいかない。私は友情に厚いのだ。


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