ヘアー

 ゴールデンウィーク頃から口髭を伸ばし始め、三週間前に髪を思い切って短くした。

 毒にも薬にもならないような普通の髪型が疑問に思えてきたので、床屋のマスターと相談しながら髪を切っていった。

「思い切って短くしてよ」

「こんな感じスかねー」

(メガネを外していて、ぼんやり見える鏡の中の自分を見ながら)

「もっとイケるよ。もっと行こうよ」

「(笑)行きます? (切りながら)あー、これじゃ、前髪がひさしみたいになっちゃうな。思い切って切っちゃいますね」

「もっと行けんじゃない?」

「こんな感じスか?」

 メガネをかけて鏡を見ると、そこには見事な角刈りの男がいた。

 会社に行くと、だいたい二つの反応に分かれた。ひとつはいきなり半笑いになるタイプ、もうひとつは三秒くらい経ってから驚くタイプだ。どうやら、人間の顔認証のシステムには限界があるらしい。

 おおむね笑いを呼ぶので、成功である。似ている人についてはさまざまな意見があって、菅原文太(こんな、かばちたれとる場合じゃなかろうが!)、工務店のオッサン、藤岡琢也渡る世間は鬼ばかりの人)、青果市場の人、雀荘でラーメンを食べてる人、等々、全般的に昭和のニッポン方面の方々であった。

 髪を短く刈っている人はわかると思うが、二、三週間も経つと、頭はタンポポの綿毛か、トイレのブラシみたいになってしまう。昨日、また床屋に行った。今度は上をそのまま伸ばしておいて、横と後ろを上まで刈り上げることにした。ヨーロッパのフットボール選手か、海兵隊、かつて一世を風靡したグレース・ジョーンズのイメージだ。

「こんな感じスかね?」

 メガネをかけて、鏡を見た。

 そこには寿司職人がいた。