文明と文化

 おれは昔から流行とか新しさというものに興味がない。

 昔、知人と話していて、「そういう考え方してると流行に遅れるよ!」と言われて、驚いたことがある。流行に乗る/遅れるということが大事なことなんて思ったことがなかった。

 新しさについても同様で、「これは新しい」と持ち上げたり、「古い」と切り捨てたりする態度を見ると、いったいなんなんだろうか? と不思議に思ったりする。新しいから素晴らしいとか、古いからだめとか、そんなことないと思うのだが、新しいバンザイ派の人からすると「新しい/古い」で価値が決まってしまうようだ。どうもピンと来ない。

 立川談志が何かの落語のマクラの中で「文明では満たされない人々に潤いを与えるのが文化だ」と言っていて、ああ、そうかもな、と思ったことがある。

 文明という次へ、次へとせき立てるような流れ、運動があって、それに簡単に乗っかれる人はある意味、楽なんだろう。しかし、次へ、次へという動きに距離を持つ人、疑問を感じる人はいる(おれがそうだ)。そういう人には文化が潤いを与えてくれる、というわけだ。浴衣に団扇は新しくないが、いい女がそうしてくれると潤いがある。いい女なら、なんだって潤いがあるか。

 談志のいう「文化」はもっぱら古い文化で、落語の属する、あるいは落語に表現される情緒の世界をうちに含むものなんだろう。文化といっても人によって捉え方が違うが、しかし、談志の言うことはよくわかる。たとえば、谷崎潤一郎は文化で、三島由紀夫は文明なんだろう。知らんけど。