遼太郎がゆく

 司馬遼太郎、という作家がいる。

 大正の終わりに生まれ、戦後に人気作家となった。

 初期は忍者小説を書いていたが、しだいに歴史上の実在の人物を主人公とする歴史小説を書くようになった。

 国民的作家、と呼ぶ者もいる。

 その、極めて酒精分の高い文体は、一度はまると、他の小説が読めなくなるとも言われている。

 あるいはーー。

 一文か二文で改行するので、たくさん読んだ気分になれる。

 必然的にページ数が増え、分冊すればたくさん売れる。出版社も随分と儲かったことであろう。

 それはしばらくおくーー。

 司馬遼太郎の小説で歴史を学んだ者も随分といる。

 遼太郎の書く小説のどこまでが史実か。

 それは誰にもわからぬーー。

 坂本龍馬を書いた「竜馬がゆく」は後世においても人気が高い。

 司馬遼太郎の創作した坂本龍馬像とその行動は、ある意味、現代の幕末の常識にすらなっている。

 驚嘆すべきことに、Wikipediaで「坂本龍馬」の項を見ると、「竜馬がゆく」の内容がそのまま書かれている。

 実際に坂本龍馬が何をしたのかはわからぬところが多い。

 有名な「船中八策」も後世の創作という説が有力という。少なくとも幕末から明治初の史料には見当たらぬ。

 余談が過ぎた。

 筆者、言う。

 日本の戦後の歴史小説は、戦前の講談本の流れを汲んでいる。

 司馬遼太郎の文体は講談そのものの口調ではないが、独特の節まわしで聞かせるところはよく似ている。

 講談からの流れを汲む歴史小説に、史実を含むさまざまな話の種を織り込んだのが司馬遼太郎であろう。

 司馬が資料を集め始めると、関連する古書が業界から払底した、という話が愛好家の間でひとつ話のように語られている。

 歴史の検証が目的ではなく、史実を含めて人の血を騒がすエピソードを探していたのであろう

 幕末の人物を書くにあたって、明治終わりや大正の頃に流布した講談・伝説の類から引っ張ってきていることも多いようである。時には実在しない史料を創作したこともあった。

 面白い小説を書く、というただ一点に力を注いだ人物であった。

 司馬遼太郎をもとに歴史を語るのは、滑稽である。時代劇研究家の春日太一は書く。

「時代劇は『過去の再現』ではなく、『こうだったらいいなあ』というロマンを描くファンタジーなのです。」

 歴史小説にもまた言えることであろうーー。

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