座席

 実にどうでもいいようなことなのだが――もっとも、毎日、どうでもいいようなことしか書いていないのだが、劇場やホールの座席、あれ、通路から真ん中を目指すとき、どっちを向いて進むといいのだろう。


 ガラガラなら問題ないのだが、満員で、自分の指定席が真ん中にあるとき、困る。
 席の前後の空間によっては、自分の席に至るまでの全員に起立してもらわないといけない。


「すみません」という手つきをすると、全員、シートを跳ね上げて起立してくれる。息が合って、いっせいに全員が起立すると、まるで王様を迎える近衛兵みたいなことになる。


 ようよう自分の席にたどり着いて、「シィマセン、シィマセン」と申し訳ながっていると、すぐに自分の隣の席の人が通路に現れ、今度は自分を含めて全員がまた起立する。王様が何人もいると、近衛兵も大変である。
 見ていると、起立と着席を繰り返して、ウェイブが起きている列があったりする。


 だいたい、劇場、ホールというのは、席の前後の空間が狭い。
 なるべく多くの人が舞台を近くから見られるようにという配慮と、なるべく多くの人を狭い空間に詰め込もうというセコい根性からだろう。


 ご承知の通り、人間の体というのは普通、横に広く前後に狭い。たまに摂取したエネルギーと活用したエネルギーの関係でそうではない体型の人もいるが、そういうのは置いておく。


 すでに席に着いている人々の前を通るとき、人間の体型からして、必然的に座席と並行にカニ歩きしなければならない。
 このとき、人々に背中を向けて通るべきなのか、腹を向けて通るべきなのか。


 これ、いつも考えてしまうのだ。


 背中を向けて通る場合、せっかく起立していただいた人達に顔も向けず、「アナタがたとはなるべく関わりたくないのよね」とでも言っているようで、礼を失する感じがある。


 相手が座ったままだと、多少かがんで通ることもあり、相手の顔のあたりに自分の尻が来る。あまりいい形ではない。


 一方で、腹の側を向けて通ると、体の前と前を密着しつつ、時には顔と顔が異様に迫ったりしながら、カニ歩きに進んでいくことになる。
 こっちもあまりいい心持ちがしないが、相手も不快だろう。


 座っている相手だと、目の高さにちょうどわたしの粗なるものが来ることになる。いやまあ、突然チャックを下ろしたりはしないが。


 別に作法というほどしかつめらしい話でもないが、こういうこと、一応のマシな形というのはあるのだろうか。

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「今日の嘘八百」


嘘五百九十一 ナポレオンの辞書に「不可能」という文字がなかったのは、フランス語の辞書だったからである。