虚無僧

 見るからに怪しいやつというのがいて、時代劇では虚無僧というのがそうだ。


 例の、竹細工の屑籠をひっくり返してかぶっているような僧である。


 たいていは街道筋を尺八吹きながら歩いているのだが、こやつがただの通行人だったためしがない。
 誰かが背中を向けた瞬間、刀を抜いてずんばらと斬って捨てたり、「実は拙者、ご家老山本忠佐右衛門様の命を受け、江戸までの道中、姫様を密かに見守っている者でござる」などと意外なことを言い出したりする。


 広辞苑を引くと、こう書いてある。


こむ-そう【虚無僧】(室町時代普化宗ふけしゆうの僧朗庵が宗祖普化の風を学んで薦こもの上に座して尺八を吹いたから、薦僧こもそうと呼んだという。また、一説に、楠木正成の後胤正勝が僧となり虚無と号したからともいう)普化宗の有髪の僧。深編笠をかぶり、絹布の小袖に丸ぐけの帯をしめ、首に袈裟をかけ、刀を帯し、尺八を吹き、銭を乞うて諸国を行脚あんぎやした。普化僧。こもそう。浄、忠臣蔵「―こもそうの尺八」→梵論ぼろ


 ますますもって怪しい。坊主のくせに髪があるというのはまだしも、刀を帯びているというのはどういうことなのだろうか。


 しかし、あやつらの尺八の謎はこれで解けた。
 要するに、一種の門付けであって、銭を乞うための手段だったのだろう。あるいは、他の宗派では鈴を鳴らして托鉢するところを、尺八にしたということなのかもしれない。


 普化宗というのは今は聞かないが、廃れたのだろうか。町で虚無僧を見かけることもない。


 もっとも、新幹線やなんかで、隣の席に虚無僧に座られても困る。
 ぷお〜っ、などと尺八を吹かれて、しょうがないから、なにがしかのお金を渡す。
 虚無僧は金額に不満があるのか、さっきより大きな音で、ぷおおお〜っ、と尺八を吹く。しょうがないので、また少しお金を渡す。
 まだ足りなくて、尺八がブオオオオ〜ッ。


 まるでコントである。例によって、三百円で売るよ。


 宗派によっては、学校を経営しているところもある。
 普化宗の中学校、なんていうのがあったら、なかなか見物(みもの)なのではないか。


 生徒達はもちろん、学生服に深編笠だ。
 背広、ネクタイに深編笠の先生が入ってくると、日直が、ぷおお〜っ。生徒が全員起立して、ぷおお〜っ。
 それに答えて、先生も、ぷおお〜っ。


 ここの生徒は、卒業するまでお互いの顔を知らないである。

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「今日の嘘八百」


嘘四百五十六 虚無僧の学校のバレーボールの試合というのも、見物だそうだ。