ハリセン武士道

 昨日、武士の斬捨御免というのは、武士の尊厳を下の身分の者に傷つけられそうになったときだけ許されたらしい、というようなことを書いた。
 あくまで身分制度を守るための仕組みであって、正義感や、ましてや不快感で農工商を叩っ斬る、なんてことは許されなかったようだ。


 ……てなことを全部忘れ去ってしまって、現代に斬捨御免を持ち込むには、どうすればいいだろう。いや、別に理由はないが、何となく面白そうだからだ。


 刀をぶんぶん振り回す、なんていうのは危なくていけない。当たったら、血が出る。当たり前か。
 竹光や竹刀だってかなり痛いだろうし、第一、あんなもの持ち込まれては、満員電車でまわりが困る。


 刀の代わりにハリセンを使うことにしたらどうかと思う。
 ハリセンはたためるから、上手く工夫すれば、鞘を作って収めることもできるかもしれない。


 武士道を信奉する人々が、これを腰に差して出歩く。できればチョンマゲを結って、羽織には紋の代わりに新渡戸稲造先生の似顔絵を付けたいところだ。


 狭い歩道を五、六人の高校生どもがチンタラ歩いていたら(あやつら、なぜにああもツルミたがるのか)、「往来のっ、邪魔だッ!」。抜く手も見せず、ハリセンで叩いて回る。


 道をふさがれたか何か知らないが、無神経にクラクションをビービー、ビービー鳴らしまくるドライバーは、クルマから引きずり下ろす。「下郎、推参なりっ!」とハリセンを頬桁に飛ばす。
 成敗した後で、ハリセンを鞘に収めながら、「天下は天下の天下なり」と宣言するのも、まあ、あんまり関係ないが、絵にはなる。


 人目も憚らずにチューしているバカ・カップルを見つけたら、「男女七歳にして」と跳び上がる。「席をっ」で、ハリセンを抜く。「同じゅうせず!」。打ち下ろす。


 ヨタヨタ歩いている老人が、あっ、突然、よろけてきた! 飛び退きざまに、「ジジイ、そこへ直れっ!」。
 ――いや、これはイケマセン。あくまで武士道の人ですから。


 マフラーを改造して爆音を発するバイクを見つけたら、同じくバイクで追いかける。気分は騎馬戦、一騎打ち。戦場の華である。
 これは、できれば正面からぶつかりたい。すれ違いざまに、抜き払ったハリセンでバチコーン。


 今、書きながら、チャンバラ・トリオの偉大さを噛みしめるように味わっております。


 武士道の人と武士道の人が道を行き交っただけで、緊張感が走るだろう。まわりは固唾を飲んで見守るに違いない。


 万が一、鞘と鞘がぶつかったら、両方がパッと跳ぶ。一触即発。


 そこにさっきのバイク野郎が飛び込んでくる。


 パーン。


 武士道というのは、やはり、物騒かつ独善的なようである。

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「今日の嘘八百」


嘘七百三十六 斬捨御免はさすがに現代では無茶なので、投捨御免くらいではどうか。