翻案・指輪物語

 二週間ほど前だったか、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」の翻案をやってみて、結果、ズタボロに終わった。


 なぜズタボロに終わったかというと、わたしが下手っぴいだから、と言ってしまえばそれまでだ。


 まあ、やってみて初めてわかることというのもあって、外国の話を、設定、人物名、語り口を日本風に置き換えれば日本のものになるかというと、そう簡単なものではないことが実感できた。


 やり始める前にわからないところが、わたしのオロカなところではある。


 もしかすると、例えば、バッハの曲を琴、三味線、尺八で演奏すれば邦楽になるかといえば、そういうものではない、というようなことなのかもしれない。


 しかし、懲りずに、また翻案をやってみようと思うのである。


 題材はなんと、トルーキンの「指輪物語」だ。


 もちろん、あの大部の作を逐一翻案する、なんていう大変なことはやらない。ご安心いただきたい。


 では、どうするかというと、読んでいる方の想像力を借りるのだ。
 ありていにいうと、タイトルだけを日本風に翻案する、という、手抜きかつ卑怯な手を使う。


 内容は、勝手に想像してもらえばよい。わたしのほうで手間がかからず、好都合だ。


 まず小説全体の題名だが、「指輪」というのは、江戸時代以前の日本ではあまり馴染みがなかったろうと思う。


 他のものに変えるとして、同じ装飾品だからといって「簪(かんざし)物語」では色っぽすぎるし、輪っかだからといって「数珠(じゅず)物語」では陰々滅々としてくる。


「盃(さかずき)物語」というのはどうだろう。


 人と人との結びつき、誓い、約束事を象徴する点では、西洋の指輪に相当するのではないか、と思う。いかにも日本の昔風に見えるところもいい。


 原作では指輪をはめると、いろいろ起きるらしいが(白状すると、面倒くさくて読んでないのだ)、翻案のほうでは盃で酒をくいっと呑むことにすればいいだろう。


指輪物語」の第一部は「旅の仲間」だ。
 昔の日本に置き換えるなら、これしかないだろう。


 第一部「旅の道連れ」


 そして、世は情けである。情けは人のためにするんじゃない。めぐりめぐって、自分のためにするんですヨ。


 第二部「二つの塔」。これが難しい。日本側には五重塔なんてものもあるけれども、悪党が住むにはあまりふさわしくない。


 塔にこだわらないなら、こんなのはどうか。


 第二部「二つの天守閣」


 なぜか物語世界が急に小さくなってしまったような気もするが、かまわず行こう。旅はまだまだ続くのだ。


 最後は「王の帰還」だが、もう、これで決まりだろう。


 第三部「殿の帰還」


 織田信長みたいな茶筅マゲに結った殿様が、馬上ゆたかに帰還するのだ。長大な物語の最後にふさわしい。


 かくして、構成は整った。


「盃物語」


 第一部 旅の道連れ
 第二部 二つの天守
 第三部 殿の帰還


 存外、うまくまとまった。講談に仕立てて、四十日くらいに分けて語る、なんて手もあるかもしれない。


 小説化したい方がいたら、このアイデア、三百円で売るヨ。映画化する場合は、別途ご相談。

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「今日の嘘八百」


嘘五百二十四 冥王サウロンとは配偶者のこと、「指輪物語」とは離婚、すなわち脅威からの解放を目指す壮大な物語だという。