ヨイショ、ヨイショ

 この間、ヨイショについて書いたついでに(id:yinamoto:20070630)、ヨイショの達人、古今亭志ん駒師匠の「ヨイショ志ん駒一代」(うなぎ書房、ISBN:4901174118)を取り寄せて読んだ。


 先日は「される身になってヨイショは丁寧に」という文句を志ん駒師匠の言葉と書いた。
「ヨイショ志ん駒一代」を読むと、元々は、古今亭志ん朝の言葉なんだそうだ。


 本からの引用。


 むかし明治座の楽屋で、志ん朝師匠とヨイショの話になった。そのとき、志ん朝師匠が、「される身になってヨイショは丁寧にだよ、志んちゃん」なんて話になって、「若大将、それはそうですね」って、あたしが膝をたたいて感心して、その場でいただいちゃった。だからあちらがお作りになって、あたしが広めた。あたしはだから広報係。


「『若大将、それはそうですね』って、あたしが膝をたたいて感心して」ってところがいかにもヨイショでいい。


 この本は、志ん駒師匠の自伝に「ヨイショの極意」なる章がくっついた構成になっている。


 自伝のほうも面白い。
 芸者の息子に生まれ、国を守るという使命感に燃えて海上自衛隊に七年勤務したものの、落語好き、というより古今亭志ん生好きの熱さめず、晩年の志ん生に弟子入り。やがて、ヨイショの達人として世に知られるようになるんだから――いったい、どんな人生なんだ。


 しかし、やはり楽しいのは「第三章 ヨイショの極意」である。
 何しろ、志ん駒師匠、ハラリと落ちてきた枯れ葉にまで一瞬にしてヨイショしてしまうというんだから、達人、恐るべしである。


 志ん駒師匠は「ヨイショーズ」という落語家の草野球チームの監督を長くやっていたんだそうだ。
 このチーム、野球でヨイショするのである。


 でも、初めっからボコボコ点数を入れられて負けちゃうのは「セコヨイショ」といって、業界では通用しない。
(中略)
 七回の裏に、いかに相手に逆転させるか、それが、シンクタンクの志ん駒の頭の働くところだ。で、ツーアウト満塁にして、今日が誕生日という社長がバッターボックスに入る。
 で、社長が打つと、音がしない。ボテッと音がすんだね。
 で、ゴロゴロッと、ペッチャンコになったようなボールだ。それがサードに転がっていくと、種平っていうのがグローブで捕らない。グロープでもってレフトんところへやっちゃうの。
「行ってらっしゃーい、向こうへ」
 ボールが転々レフトのところへ行くと、蝶花楼花蝶が、ボールを蹴っ飛ばすわけだよ。
 さらに転々外野のほうへ。そこへ仲間が連れてきた犬がボールくわえてどっか行っちゃうの。見事、逆転サヨナラ満塁ホームランをくらって、相手の社長を胴上げしたりなんかして、ご祝儀と鰺の干物をもらって帰ってくるという、スポーツマン精神はこれっぱかしもない。


 長い引用になってしまったが、これでもわかる通り、志ん駒師匠のヨイショ、ひたすら明るく、楽しく、嫌味がないのだ。


 本には「ヨイショ二十一ヵ条」なるものとともに、さまざまな体験談が載っている。
 ヨイショとゴマスリの違いも書いてある。


 ゴマスリってのは、利益が絡む。お世辞いって少しでも儲けよう、得しようという下心がある。お世辞いいながら、腹の中じゃ、ベロ出してる。
 ところが、ヨイショは違うン。ヨイショは心、誠意がこもってなくちゃいけない。
 だから、ゴマスリは体を悪くするのね。ウソついているから。


 志ん駒師匠のヨイショは実利目的ではなくてサービス精神、あるいは手触りに欠ける言葉だが、愛、ですらあるのかもしれない。


 もっとも、読んでいると志ん駒師匠、ほとんど条件反射でヨイショしているようにも思えるのだが……。


 NHKの「トップランナー」ででも志ん駒師匠を取り上げないかな。ヨイショのトップランナー。何だかわかんないけど、凄い。


 楽しい本ですヨ。
 ヨイショは人柄だね。パーッと明るく、まわりも「しょうがねえなあ」と笑って見ている。志ん駒師匠って、そんな人なのかもしれない。これ、ヨイショ。

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「今日の嘘八百」


嘘四百七十五 都会では空気が汚れて天の川が見えなくなり、織姫と牽牛がやたらと会えるようになったという。