我が国で、この「世界最強のジョーク」に対抗できるとしたら、落語「寝床」の旦那しかいない。
この「寝床」の旦那、大の義太夫好きで、師匠に付いて習っている。
覚えると、人に聞かせたくてたまらない。
店の奉公人や長屋の店子達を集めて聞かせるのだが、そのあまりに凄まじい声に誰もが死ぬ思いをする、という、恐るべきシロモノだ。
「寝床」はいろいろな落語家がやっていて、それぞれ工夫があって楽しい。いろんなバージョンをごちゃまぜにして、旦那の義太夫の威力を紹介すると――。
袋物屋の隠居は、旦那の義太夫を聞いて、キュッと腰を抜かす。高熱を発して、寝込んでしまう。
八十三になる吉田のお婆さんは、年で耳が聞こえないから、と、義太夫の会のとき、長屋の連中に一番前に置かれる。防壁代わりにして、連中はその後ろに隠れるのだ。
お婆さんは聞こえないもんだから平気でいた。ところが、旦那の念のこもった一撃が耳に届き、「ひっ!」と後ろにひっくり返ってしまう。
ひどい苦しみようで医者にも見放されるが、一人息子の神信心でどうにか助かった。今でも胸に紫色の痣があるのは、旦那の義太夫のぶつかった跡だという。
凄いのが、志ん生版である。
番頭の彦兵衛さんに、あるとき、旦那が「義太夫を語りたくなったから、聞け」と言う。
彦兵衛さんは最初は断るが、しまいには、これも忠義、と覚悟を決める。
しかし、さしむかいで旦那が語ると、とても耐えられる声ではない。「旦那っ、勘弁してください!」と、彦兵衛さんは逃げ出してしまう。
旦那は「待てーっ!」と、見台を持って追いかけながら義太夫を語る。彦兵衛さんは蔵に逃げ込む。
蔵のまわりを、旦那はグルグル唸りながら回り(犬だね、まるで)、しまいには窓から中へ義太夫を語り込む。
義太夫が蔵の中で渦を巻くもんだから、彦兵衛さんは七転八倒の苦しみ。翌日には、書き置きを残して、ドイツ(なぜだ?!)に逃げてしまう。
いやはや、これまたとんでもない話である。