演奏時間639年の音楽

 ドイツのハルバーシュタット市の昔の教会で、ある演奏会が行われている。


 曲は現代音楽の作曲家ジョン・ケージの「Organ2/ASLSP」で、「できる限りゆっくり」という指定がある。


 演奏会では、この曲の演奏を、新調したオルガンで2001年9月5日に始めた。


 何しろ、「できる限りゆっくり」である。
 曲は無音で始まるので、約1年半を無音のままでいた。2003年2月に最初のコードを弾き、2004年7月に1音弾いた。2006年1月に2番目のコードに移り、5月には5番目の音を6番目の音に切り替えた。


 音は、鍵盤に重りをつけて発している。新しい音が登場するときは、オルガンにパイプを追加する。演奏は2639年に終了する予定だ。


 白状すると、わたしは初め、このいかにもコンセプト、コンセプトした試みを、「で?」の一言で切って捨ててやろう、というヨコシマな考えを抱いていた。
 しかし、演奏会の公式サイトを見て、考えが変わった。


ASLSP - John-Cage-Orgelprojekt Halberstadt - ニュースのページ


 写真は、今年5月5日に音を切り替えたときの模様らしい。


 どうやら、音の替わるタイミングが来るごとに、教会に人が集まり、活気づくようだ。
 来場者は、「♪ハー」から「♪ヒー」にか「♪ホー」にか知らないが、一音の変更を見届け(聞き届け、か)に、わざわざ来るわけだ。


 こういうものは、安易に「で?」で片づけてはツマラない。


 なお、次の音を弾くのは、2008年7月5日の予定。たぶん、サイトのニュース欄はそのときまでずっとこのままなのだろう。


 サイトの右上で動いている数字は、演奏終了までの秒数だそうだ。わたしがこれを書いている時点で、あと、19,977,737,643秒。


 2639年に演奏を終了するときには、大勢の人が集まるだろう。
 終わったら、そのときこそ、会場にいる全員で、639年かかった長い、長い演奏とその意味に思いを馳せつつ、こうつぶやいてもらいたい。


「で?」


▲一番上の日記へ

                  • -


「今日の嘘八百」


嘘二百十四 盆の十五日に帰ってみたら、引っ越した後でした。