もっと落とす

 ま、しかし、世の中、上には上がいるもので、山下洋輔の昔のエッセイにこんな一節がある。あるシンバル奏者が――。


シンバルの出番の数10小節前(そこはまだppだった)に立ち上がってかまえた途端、手に持った皮紐が切れるというこの上ない不運に出くわした。オーケストラの打楽器の位置は普通客席から見て斜め左の上方である。シンバルは物凄い音をたてて山台を転がり落ちた。これだけで演奏は滅茶苦茶であるのに、そいつは何を血迷ったか自分もシンバルを追って走り下り、今度は慌てて蹴飛ばしてしまった。ついには指揮者の足元でフラフープの様になって鳴り続けるのを、やっとの思いでとり押えて元の位置に戻ったが、指揮者の必死の努力で演奏は辛くも続けられていたとはいえ、彼の出番は勿論とっくに過ぎていたのである。


(「ジャズ武芸帳」、山下洋輔著、晶文社より。ISBN:479495154X


 山下洋輔トリオの初代ドラマー、森山威男の芸大打楽器科時代の話だそうだが、本当かナァ。


 ま、しかし、この手の話は、コトのありなしなんざどうでもよくて、面白いという真理さえあれば、伝わっていくことになっている。
 現に、今日、わたしが書いた。自分の意志で書いたように見えて、実は話のほうでわたしに書かせたのかもしれない。


 面白いってのはすごいことなのよ。

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「今日の嘘八百」


嘘三百五十一 わたしのデジャ・ヴは40年。


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