シリナデ男

 まひとつ、聞いておくんない。


 あるところへ音楽を聴きにいったわけだ。


 斜め前に、若い、20代前半くらいのカップルが座っていた。


 最初からイヤな予感はしていたのだ。
 男が女にしなだれかかって、女の腰に手をまわしている。女もまんざらではなさそうだ。
 顔は岸谷五朗を若くしたような――ああ、女のほうではない。男がだ――ふうなのだが、ヘラヘラ蜜目で笑っているものだから、ひどく甘ったれた野郎に見える。


 女がまた結構、可愛いんだわ、これが。


 男がトイレかどこかから戻ってきて、座りがてらにチューしやがる。
 あたしはね、普段は主義じゃないんだが、このときばかりはブシドーという言葉を思い起こしましたね。


 演奏が始まった。


 その音楽は女子供が喜ぶようなものではなく――という言い方をすると、女子供側の闘士の方々に怒られるのだろう――エー、カップルが「うふふ」、「えへへ」とスウィートにロマンチックに語り合えるようなものではなかった。
 ワシ、やるけん。それも徹底してやるけん。と、ガリゴリグレゴリぶちかますような音楽だった。


 音にいささか圧倒されながら、ふと斜め前を見ると、蜜目男が女の耳元に口を寄せて何か囁いてはニヤニヤしている。
 つと目を下ろすと、腰にまわした手で女のシリをゆっくりナでてやがる。


 コヤツラハ何ヲシニキテオルノデアロウカ。


 目の前では、バンドのメンバー達が己の能力と体験と閃きと秘術をぶつけて、今その瞬間にしか起こりえない、音の世界を作りあげている。
 そんなときに、蜜目男が目尻をだらしなく垂れ下げて、ニヤケながらシリをナデナデ。
 よっぽど、言ってやろうかと思った。「てめえ、おれと代われ!」。


 いや、それは嘘だが、以来、ニヤケ・カップルが気になって、音楽に対して中途半端な気分になってしまった。どうしてくれる。オォッ?!


 何だか、一昔前の東海林さだおのエッセイみたいになってしまった。グヤ゛ジイ゛〜。


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嘘二百七十七 しょうがないから、その後、自分のシリをナでてました。