こいる師匠がゆく

 わたしは昭和のいるこいるが好きだ。


 誰だそれは、という人は、ここを見れば、「ああ、この人達」と思うかもしれない。


ノイ-コイ ドット コム


 トップページの写真の左側がこいる師匠、右側がのいる師匠だ。


 好き、といっても、師匠達のスケジュールを調べて追っかけるほどではない。
 たまたまテレビに出てくると、「やあ、のいるこいる師匠だ!」とうれしくなる程度である。


 しかし、今、リンク先を見て、私設ファンクラブ「小鳩」(素敵だ)に入会しようかどうしようか迷っている。


 昭和のいるこいるの漫才のパターンは決まっている。


 のいる師匠が何か話題を持ち出す。
 普通の漫才ならそれについてしゃべくるところを、こいる師匠が「わかったわかったわかった」、「はいはいはいはい」、「そうかそうかそうかそうか」、「よかったよかったよかった」と、ほとんど痙攣のようなテキトーな返事で、ただただ受け流す。


 あれほど、真心のない人というのも珍しい。


 実際、こいる師匠に勝てる人間というのは、まずこの世にいないのではないか。


 試しに、高村光太郎と会話させてみよう。詩集「智恵子抄」より、有名な「レモン哀歌」を使う。


光太郎「そんなにもあなたはレモンを待ってゐた」
こいる師匠「はいはいはいはい」
光太郎「かなしく白くあかるい死の床で」
こいる師匠「そうかそうかそうか」
光太郎「わたしの手からとった一つのレモンを」
こいる師匠「ほうほうほうほう」
光太郎「あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ」
こいる師匠「噛んだ噛んだ噛んだ噛んだ噛んだ」


 光太郎、撃沈、である。


 次の挑戦者は、大物である。鈴木大拙、「禅」で行ってみる。


大拙「禅は、仏教の精神もしくは神髄を相伝するという仏教の一派であって、その神髄とは、仏陀が成就した〈悟り〉を体験することにある」
こいる師匠「ほうほうほうほう」
大拙「したがって禅は、仏陀がその永年の遊行の間に説いた教示、もしくは説法にただ盲従することを拒む」
こいる師匠「へいへいへいへいへい」
大拙「言葉や文字は、仏教者の生活がそこから始まり、そこに終る目標を単に指し示すにすぎないとする」
こいる師匠「しょうがねしょうがねしょうがね」


 鈴木大拙も撃破、である。


 最後に、司馬遼太郎街道をゆく1 甲州路、長州路ほか」より。


司馬「『近江』
というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩がはじまっているほど、この国が好きである」
こいる師匠「よかったよかったよかった」
司馬「京や大和がモダン墓地のようなコンクリートの風景にコチコチに固められつつあるいま、近江の国はなお、雨の日は雨のふるさとであり、粉雪の降る日は川や湖までが粉雪のふるさとであるよう、においをのこしている」
こいる師匠「へいへいへい。ふるさとはいいとこだいいとこだいいとこだ」
司馬「『近江からはじめましょう』
というと、編集部のH氏は微笑した。お好きなように、という合図らしい」
こいる師匠「考えない考えない。考えないのが一番。それがいいそれがいい」


 こいる師匠が愛されているのは、彼の姿が、ある種の人間の理想だからではなかろうか。


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「今日の嘘八百」


嘘四十四 人間には二種類いる。おれとおまえだ。