ラベル「ピアノ協奏曲ト長調」を聞き比べる

 ラベルの「ピアノ協奏曲ト長調」が好きで、いくつか持っている。

 特に第二楽章は映画音楽のようでわかりやすく、美しく、そこだけを取り出して聞いたりもする。

 今日は聴き比べの感想を書いてみたい。第二楽章だけでも結構長いから、前半部分を取り出してみよう。

「ピアノ協奏曲ト長調」の第二楽章前半はこんな構成になっている。

①ピアノの独奏部分。協奏曲なのに独奏が長く、ピアニストの腕の見せどころとなっている。

②オーケストラが入り、木管が音をつないでいく部分。

③ピアノが再び主旋律をとり、オーケストラがサポートする部分。

④ピアノの旋律と弦の旋律が重ね合わさる部分。

⑤ピアノのアルペジオとオーケストラがからむ、少し不穏な印象の部分。

⑥弦が主旋律をとる部分。曲の中で最もポップに感じる。

 

 最初はピアノがクリスチャン・ツィメルマン、指揮がピエール・ブーレーズ、オーケストラがクリーブランド交響楽団

 初めて聞いたのはいつだろう。もう二十年以上前になるかもしれない。そのとき以来、とても好きでよく聞いている。

 ピアノ協奏曲の基準と言ってもよいような演奏で、非常にバランスがとれている。模範的というのだろうか。ツィメルマンは変に巧むことなく、自然に弾いている。クリーブランド交響楽団の音も聞きやすく、素晴らしい。ツィメルマンも、クリーブランド交響楽団も曲の元々の美しさを生地なりに表現しようとしているように感じられる。

 

 次に聞いたのはユンディ・リ(ピアノ)と小澤征爾指揮のベルリン・フィルという録音。

 うーん、ユンディ・リのピアノのタッチが強過ぎて、どうにも気になってしまう。

 最初のプロコフィエフのピアノ協奏曲第二番では、その強いタッチと小澤征爾の強いオーケストラがぶつかりあって迫力があるのだが、ラベルの繊細な曲ではなあ・・・と思ってしまう。録音のバランスもあるのかもしれない。ピアノの音が大きすぎるのだ。あるいは、繊細な曲には向かないピアニストなのか。

 ⑥のベルリン・フィルの弦は重厚で美しいのだが。

 

 続いてマルタ・アルゲリッチ(ピアノ)と、クラウディオ・アバド指揮のベルリン・フィルという組み合わせ。

 ①のピアノ独奏部分をアルゲリッチは叙情的に、相当な集中力で弾きこなす。テンポはゆっくりめ。リズム、タッチもいろいろと変化させて、とても美しい。

 ②の木管がいきいきとして、④・⑥の弦が重厚で素晴らしい。ベルリン・フィルの演奏は整然として、聞き手がかくあってほしい、と思うような(あるいはかくあってほしい、と思わされるような)音を現出してくれる。

 名演だと思う。ついでに言うと、1967年の録音だそうだが、明瞭ないい音である。

 

 次はハビエル・ペリアネス(ピアノ)、ジュゼップ・ポンス(指揮)、パリ管弦楽団

 ①のペリアネスの独奏はアルゲリッチとはまた違ったふうの内省的な抒情性があり、引き込まれる。

 パリ管弦楽団の弦はベルリン・フィルとは違って、軽やかな感じ。フランス的ということなのか。⑥の部分の弦はビブラートの効いた感じがベルリン・フィルの生真面目な感じとまた違っていいのだが、④の部分で低音のコントラバス? チェロ?のざらついた音がおれには気になってしまう。もったいない。

 

 最後はモニク・アース(ピアノ)、ポール・パレー(指揮)、パリ管弦楽団。割に最近手に入れた。

 ①の独奏部分はかなり深いエコーがかかっていて、夢の中か、あるいは森の中で聞くようなイメージだ。

 ②の木管は、本来、複数の楽器が音をひとつにつないでいくところが聴きどころなのだが、この演奏ではそれぞれの楽器の主張が強いイメージで、おれはあまり好みではない。

 ④の弦はかなり抑えめでピアノを前に出している。これもまあ、ありかとも思うのだが、ここはピアノと弦の重なり具合が美しさを醸し出すと思うので、ちょっと肩透かしを食った感じもある。

 ⑤のオーケストラがちょっと不協和音的。調律がおかしいような変な感じがする。

 ⑥の弦は、先のハビエル・ペリアネス版と同じく、軽やかな、おフランス的な美しさがある。

 

 ・・・とまあ、いろいろ書いてきたが、おれのオススメは最初のクリスチャン・ツィメルマン版か3番目のマルタ・アルゲリッチ版だ。ツィメルマン版は先にも書いたが模範的なナチュラルな演奏、アルゲリッチ版はかなり抑揚のついた演奏で、ベルリン・フィルの演奏も重厚でよいと思う。どちらも名演である。