今日はおれの愛情の押しつけになると思う(今日は、「おれ」だ)。
ボー・ディドリーが亡くなった。
1950年代にチャック・ベリーやリトル・リチャードらとともにロックンロールを創始し、多くのミュージシャンに影響を与えた――とまあ、歴史上はそういうことになるんだろうが、おれが思うに、この人の偉大さはそんなことじゃない。
やっていた音楽が、そして何より、本人がメッタヤタラにカッチョいいのである。
試しに次のムービーを見ていただきたい。
これ、たぶん、1980年代終わり頃のライブだと思う。御年六十くらいだろうか。
イントロのドラムが鳴り出したところでもう、ウレシクなって体が揺れてしまう。
終わりのほうの、空中にキックするところなんて、凄すぎて大笑いする。
最後の拳をあげる姿の神々しさはもう、言葉では表現できない。
凄え。
人間、こんだけブッとい声が出れば、さぞかし気持ちいいだろう。
冒頭のジェームス・ブラウンのMCは早口で何を言っているのかよく聞き取れないが、「ヨッシャ、次は別のやり方でゴキゲンになってもらいたい。古いブツを持ってる男だ。歓声で迎えると、ヤツもゴキゲンになるぜ。“アイム・ア・マン”ボー・ディドリー!」かなんか、そんな調子だと思う。
ツバ広帽子に分厚い曇ったメガネ(フライド・チキン食った後でベトベトの手で触っているに違いない。拭いたことあるのか?)、そして四角いボディのイカしたギター。
あの四角いギター、やたらとスイッチやダイヤルが付いているが、どこかをどうかすると、「ピヨヨヨヨ〜ン!」とわけのわからない音になったりする。
意味不明の機能なのだが、そんなところもイリュージョンでカッチョいいのだ。
70年代以降のパワフルさに比べると、それ以前のボー・ディドリーは線が細い。
次のムービーはクレジットに1960年とある。
その後のボー・ディドリーに比べると、いかにもビートが弱いし(当時のロックンロールはこんなものだったのだろう)、声も細い。
50年代の演奏を聴くと、もっと声が細く、高い。まるで別人なのである。
ボー・ディドリーは70年代以降がいい。
次のは、映像の感じからすると、70年代前半くらいだろうか。見てくれ、このステップ!
カッチョよすぎて、大笑いしてしまう。ロックンロールを創始したなんて、どうでもいいことだ。イカすぜ、ボー!
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「今日の嘘八百」
嘘七百五十四 コーフンしすぎました。