J-POP進化論

J-POP進化論―「ヨサホイ節」から「Automatic」へ (平凡社新書 (008))

J-POP進化論―「ヨサホイ節」から「Automatic」へ (平凡社新書 (008))


 山羊(id:yagian)が紹介してくれた本。


 非常に大ざっぱに言うと、明治・大正から現代までの流行歌〜ポップスの流れについて語った本で、西洋音楽の形式と日本のメロディ、リズムがどうぶつかり、融和し、変化してきたかを解説している。
 1960年代あたりからは、アメリカの黒人音楽の影響を受けたロックも日本に入ってきて、西洋音楽(E、と佐藤良明は呼ぶ)、日本(J)、黒人音楽(B)の三つ巴となって、なかなかややこしいことになってくる。


 さまざまな曲を取り上げて説明を試みているのだが、残念ながら、わたしはその多くを知らない。そのせいで、佐藤良明の言っていることが正しいのかどうか判断しながら読んでいくことができなかった。
 佐藤良明が悪いわけではなくて、わたしが日本の歌を知らなすぎるのである。


 1999年刊だから、最新の曲として挙がっているのが、小室哲哉作の安室奈美恵の曲、パフィー宇多田ヒカルである。
 このうち、わたしが知っているのはパフィーだけで(白状すると、ファンであった)、安室奈美恵はサビを知っている曲が1曲あるだけ。宇多田ヒカルに至っては、なんと2小節しか知らない。


 中学以来、ほとんど洋楽しか聴かずに来たので、そういうことになってしまった。
 また、いくらかは日本のポップスを馬鹿にしている部分もある。わたしも、昨日書いたスノッブなのかもしれない(高校時代、ヴァン・ヘイレンを聴いていたやつをスノッブと呼べるのかどうか疑問だが)。


 佐藤良明の検証にはつき合えなかったが、「なるほどなあ」とか、「そうだ。それがおれの言いたかったことなんよ」という部分はいくつかあった。


 印象に残った部分を、パラパラと抜き書きしてみようと思う。


 西洋人のようにピアノを弾き、フルートを吹きこなすことに私たちは憧れ、憂いを込めたバイオリンの音色にうっとりし、ラジオで浪花節が鳴りだすとイヤ〜な気分になり、ジャズもロックも、それらはとにかく「あちら」のハイカラな音楽だと合点して真似ようと思い、二○代半ばまではそうやって憧れをガソリンにして突っ走っていくのだけれど、いつのまにか失速し、気がつけば会社帰りの屋台でおでんをつつきながら三橋三智也をハミングしている……といったぐあいでした。
 そんなふうに二極化した心というのは、なにも日本特有のものではなく、文化的被植民者に共通したコンプレックスの、極東の島国の一バージョンにすぎないものかもしれません。


 こういう文章を読むと、何か、自虐的なヨロコビを覚える。へん〜たい。お父ちゃん、やめてあげて!(エート、わかんなきゃ、いいです)。


(……)一八八一年、『小学唱歌集』というのが編纂され、一部の小学校で使われ始めたのです。《ちょうちょ》も《蛍の光》も、この中に入っています。学校の音楽の時間に、一○○○年以上にわたって日本のうたの基本となってきた節回しで歌うことを抑止され、代わりに「唱歌」と呼ばれる西洋の歌およびその模造品が国家権力によって押しつけられる時代がやってきたのです。


 当時のガキどもにしてみりゃ、《ちょうちょ》も《蛍の光》も、すごいカルチャーショックだったろう。


 次の文は昭和の、四十年代くらいまでの、音楽をめぐる文化的状況について。


 歌手を志す者は音楽学校に入って、西洋歌曲の歌唱法を身につけるのが規範となり、三味線音楽は芸者遊びの旦那衆の世界に囲われつつあった――とは必ずしも言い切れませんが、「学」と「芸」の間に明確な仕切りが引かれ、日本の熟した芸の世界は夜と興と性の世界に落とされ、教育と文化の理想は、若き優等生らの心を引き連れ、まっすぐ西洋に向かう――という大きな対比構造が、うたをめぐって安定していくようすが思い浮かんでこないでしょうか。哀愁に満ちたロシア民謡、レにもソにも♯をつける、スペイン・ギターの短調のしらべ。アルプスの角笛のしらべ……。これらヨーロッパ的要素が、昭和四○年代になってなお、歌声喫茶ユースホステルに集う若人たちの心を吸い上げていたようすを僕は知ってます。
 それら清い歌の系譜が一方にあり、もう一方に俗謡としての「唄」が泥沼のようにしてある。別の言い方をすれば、一方があこがれの対象として魅力をふるい、もう一方が共同体のノリとして、心に深く着床している。


 前者の「清い歌」は、まんま加山雄三若大将シリーズのイメージである。後者の「泥沼」は何だろう。ATGの映画とかの雰囲気か、あるいは小沢昭一的こころか。


 昭和四十年代頃に、ビートルズローリング・ストーンズと、その場末的変容(佐藤良明はこんな失礼な言い方はしていない)とでも呼ぶべきグループサウンズが登場する。そのあたりから事情が少しずつ変わっていった。


 でもって、今(といっても、刊行された1999年頃の話だが)はこういう状況だそうである。


(……)私たちは〈近代〉からかなりの程度抜け出てきたと言っていいんじゃないだろうか。ここで僕が言う〈近代〉とは、コロニアリズム(植民地制度とそれに伴う心根)の時代のことです。文化的覇権をもった欧米の国々は、より“劣等”な国に対し優越感を抱きつつ、彼らの文化にエキゾティズムを感じる。一方で日本を含む“劣等”国の民族は、欧米文化への屈曲した憧れというか、愛憎入り交じったアンビバレントな感情を抱く。西洋に惹かれ、でも本音は土着の大衆文化にあって、その分裂を生きる。一○○年に及ぶその分裂構造が、すでに日本では死に絶えたとは言いませんが、しかし確実に弱体化してきています。


 1980年頃からわたしは洋楽を聴き始めたが、確かにその頃は洋楽に対して、「欧米文化への屈曲した憧れ」があったように思う。今もいくらかは残っているかもしれない。


 大学を卒業して以降、洋楽についても、邦楽についても、自分から積極的に新しい歌を追いかける、ということがなくなったので、今のポップスの状況というのはよくわからない。


 しかし、たまに漏れ聞く日本の歌の中には、昔の「ダサダサ」というほかない歌に比べれば、だいぶこなれたよな、と思うものがある。
 欧米の音楽に対するコンプレックスの感じられないものも増えたような気は、何となくする(あまりよく知らないんだが)。


 一回、廃れて浄化されてしまったせいかもしれないが、今、三橋三智也や浪曲に「イヤ〜な気分」を感じる人は少ないんじゃないか。


 今日は大量の引用になってしまった。このままでは著者に申し訳ないので、日本の歌に詳しくて、多少の音楽的知識(コードとは何かわかる程度)があって、文化的ジョーキョーについて興味のある人、ぜひこの本、買って、読んでみていただきたい。読みやすくて、なかなか面白いですよ。

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「今日の嘘八百」


嘘六百八十二 米英の音楽にコンプレックスのある日本人でも、フランスとイタリアのポップスを聴けば「勝った!」と思える。