逃げる

 わたしは、逃げる・誤魔化す・やり過ごす、を人生の三大基本方針としているのだが、いずれも世間的には評判が悪いようだ。


 まあ、後のほうの二者については、確かにわたしもどうなのか、と思わぬでもない。


 母親の産道から出てきたとき、七歩歩いて天地を指さし、「ナーンデカ?」とほざいたわたしである。卑怯については、筋金入りだ(←これ! これが誤魔化すテクニックだ)。


 しかし、最初の「逃げる」については、いささか弁解の余地があると思う。


 逃げる。難しく言うと「逃避」だ。易しく言っても「逃避」だが。



逃避


 違う。それは「頭皮」だ。わざとらしいボケで、申し訳ない。


 世間一般に逃げることのウケが悪いのは、どこか卑怯者のにおいがするからだと思う。安易という感覚もあるかもしれない。


 セーシュン的には、「ダメ! 今、逃げちゃ」などというのが、常套句のひとつであり、「逃げないよ、おれは」とさらっと言ってのけるのも、なかなかにカッコいい。


 少なくとも現代の日本の物語世界では、そういうことになっている。


 しかし、例えば、鼠小僧次郎吉が千両箱抱えて(重量の問題は置いておく)、「逃げないよ、おれは」などと言い出してはやはりいかんのであって、ああいうのは、やはり、雲を霞とトンズラしなければいけない。


 猿飛佐助だって、007だって、やはり、逃げるのである。考えてみれば、あいつら、忍び込んでは逃げてばかりいる。


 読んでいて、何を言いたいのかよくわからないかもしれない。そうだろう。わたしもだんだんわからなくなってきた。


 ……このままでは、この文章をまとめられないようである。


 今、うまく誤魔化す方法や、やり過ごす方法を考えているのだが、何も思いつかない。


 誰か助けてください。あいすみません。

                    • -


「今日の嘘八百」


嘘七百三十一 逃げることが嫌われるのは、本質的に自転車操業である自由主義経済では、頑張ることが過剰に奨励されるからである。なんちて。