むせる

 どういうわけだか、昔からよくむせる。


 普通は、何かを飲み食いしていて、急にびっくりするようなことを言われたときにむせるものだと思う。


 朝、コーヒーか何かを飲んでいて、恋人に、


「あのね、できちゃったみたいなの」


 と言われたら、これはむせるには絶好のシチュエーションだ。今、むせないで、いつむせる。
 言葉から奇襲を受けるというか、状況から奇襲を受けるというか、まあ、そういう形である。


 ところが、わたしの場合は何もないのに、むせる。
 ひどいときには、口や鼻から飲んでいたものが飛び散り、服や身のまわりを惨憺たる有様にする。


 人と話していて、突然むせ、鼻から茶色い液体を垂らしたりして、アヤシのマナザシで見られるときもある。
 向こうからすれば、何も意外なことを言ったわけではないのに、いきなり鼻から液体男が目の前に表れるものだから、驚くだろう。驚いて、向こうもむせたりして。


 むせるというのは、たぶん、胃のほうへ向かう食べ物・飲み物が、何かの拍子に気管のほうに入ってしまうせいで起きるのだと思う。


 ご承知の通り、肺は大変にデリケートな器官で、ちょっと雑菌が入っただけで肺炎になったりする。
 そうならないように、食べ物・飲み物は気管の入り口でシャットアウト。それでも間違って入ってきたときに、もの凄い勢いで押し戻す。これがむせるという現象だろう。
 いつもながら、進化というものの玄妙さには感心するばかりである。


 わたしの場合は、たぶん、気管の入り口でよくシャットアウトに失敗するのだと思う。びっくりしたわけでもないのに、飲み食いしたものを通してしまうのだろう。


 気管が油断しているのだろうか。まあ、全身、たるんだ男ではある。

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「今日の嘘八百」


嘘七百三十 進化の歴史の上では、最初にむせることに成功するまで、幾多のサンショウウオが犠牲になったという。