MB

「MB」とは、無駄な冒険、あるいは無意味な冒険の略である。今、わたしが作った略称だ。
 別に世に広めようというわけではない。たぶん、明日にはわたしも忘れていると思う。


 世に知られる冒険というのは、お姫様を救うとか、宝探しに出るとか、たいてい、目的がある。登山とか、犬ぞりの旅行とか、自分の力を試したいという場合もあるだろうし、世の中に“受けたい”という動機もあるかもしれない。


 MBとは、そんなものとは無縁の冒険だ。
 自分でもよくわからぬ衝動に駆られて、誰に知られるでもなく行うものを指す。


 よくある例では、溝の縁を歩く、なんていうのがある。


 わたしはガキの頃から縁を歩く癖があって、よくドブに落っこちた。
 汚れた英雄ヒーローと化して、ドブの臭いをプンプンさせつつ帰還すると、こっぴどく叱られた。
 母親は、泥だらけの子供に「洗濯すればダイジョーブ」とヨシヨシするような、ブルーダイヤな人ではなかったのだ(あんな親、いるのかね?)。


 家の近くの長ーい坂を自転車で一気に駆け下る、なんていう遊びもよくやった。
 この坂は、下りきったところが交差点になっていて、場合によってはクルマにぽーんとハネられた可能性もある。
 しかし、馬鹿なガキはそんなこと大して気にもせず、わーっ、と突撃した。途中でコケて宙を舞ったこともある。


 今、こうやって、カタカタ、キーボードを打っていられるのは僥倖かもしれない。


 理由なき反抗。無軌道な青春。風と散った若さ。
 小学生だったけど。ツンツン・ツノダの自転車だったけど。
 まあ、しかし、これには解放感に似た快感もあった。まったくのMBだったわけではない。


 よい子には絶対、真似してもらいたいくないのだが(悪い子も、普通の子も)、電池をなめてみたこともある。


 何と呼ぶのか忘れたが、角形で、上にプラスとマイナス、両方の端子のついた電池がある。
 あのプラスとマイナスを舌に当てたのだ。


 舌は唾で塗れており、優れた伝導体だ。当然、通電する。
 もの凄いショックが来た。文字通り、電撃ネットワークである。いや、マジで死ぬかもしれないので、絶対にやってはいけない。


 この電池舌当ては誰が見ているところでやったわけでもない。なぜ、そんなことをやろうと思ったのかも覚えていない。MB中のMBである。


 舌に当てる、というのでは、製氷器を舌にくっつける、というのをやったこともある。


 最近の製氷器はプラスチック製のものが多く、冷蔵庫の性能も上がったのか、あまり霜がつかない。
 しかし、昔の金属製の製氷器には霜がびっちりと付いた。


 あるとき、冷凍庫を開け、製氷器を取り出そうとしたとき、「この製氷器を舌にくっつけたら、どんな感覚がするだろう」とムラムラ来た。
 そうして、製氷器の裏側に舌を当てた。


 舌の表面が瞬間的に凍り付き、製氷器がピシャーッと貼り付いた。もの凄い痛みだった。


 アガアガアガ、と剥がそうとしたが、剥がれない。無理に剥がすと、舌がちぎれそうだった。


 一瞬、パニックに陥ったが、製氷器から氷を取り出すとき、水道の水を当てると、すぐに取り出せることを思い出した。


 アガアガアガ、と慌てて流しに行って、蛇口をひねり、製氷器の貼り付いた舌に水をジャーと当てた。
 剥がれた。舌は表面がただれていた。


 これも、誰が見ていたわけでもない。受けを狙ったわけではないのだ。


 しかも、これをやったのは、確か、大学生の頃だったと思う。全くもって、お恥ずかしい。


 今日、書いたMBはマジでどれも危ない。自己責任とはいえ、絶対にやらないほうがいい。馬鹿はわたしひとりで十分だ。


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「今日の嘘八百」


嘘十三 人類60億人全員がいっせいに東に向かって走ると、反動で地球の自転は止まる。