奇人伝〜谷啓

 わたしはなぜだか谷啓が好きで、テレビなんかに出てくると「あー、いいなー」と思う。


 だいぶ変わった人らしく、以前にもこのページにエピソードをいくつか書いた覚えがある。


植木等伝『わかっちゃいるけど、やめられない!』」(戸井十月著、小学館)を読んだら、巻末に谷啓のインタビューが載っていた。


 映画の撮影で使ったインドオオコウモリを譲り受けて、自宅で飼っていたことがあるという。
 インドオオコウモリは、翼を広げると1.5mにもなる巨大なコウモリである。


戸井 インドオオコウモリなんていうのも飼っていたんでしょ? 植木さんが言ってましたよ、谷さんに押っつけたって。
  人が驚くようなものとか、怖がるものとかを飼いたがるのね。カメレオンとかイグアナとかね。
 インドオオコウモリなんて、羽を広げると凄い場所を取るわけです。大きな籠に入れて部屋の中で飼っていたんだけど、何か可哀そうになって夜中に外に出してやったんです。朝になると帰ってくるんだけど、でっかい黒いのがバサバサって飛んできて、そこいら中に大きな爪を立ててゴソゴソ蠢いてるのを見たら、普通の人はビックリして気絶しちゃうでしょう。心臓マヒでも起こして死ぬ人がいたらまずいっていうんで、外には出さないようになったんですけどね。


 夜な夜な、谷邸の窓から飛び立ち、朝方に帰ってくる、翼1.5mの巨大コウモリ。怪奇である。少年探偵団の世界である。


 また、「心臓マヒでも起こして死ぬ人がいたらまずい」なんていう配慮が後からついてくるところも(先にそういうことは心配しないようである)、微妙にズレているようで、いかにも谷啓らしい。


 外に出さなくなったといっても、自宅の天井に巨大コウモリがぶら下がっているだけで、十分異常である。


  (……)インドオオコウモリは五、六年飼ったかな。いつもは逆さにぶら下がっているけど、しょんべんする時はそのままじゃ頭にかかっちゃうから頭の方を上にして手でぶら下がるわけ。その格好が面白くて、クレージーのメンバーを家に呼んで、みんなでそれを見て騒ぐの。「そろそろしょんべんするぞ」って見てると、体を回転させて手でぶら下がってジャーッとね。それで、みんなキャーキャー大騒ぎしてね(笑)。


 わたしは、谷啓のこの手の逸話が、面白くってしょうがない。


 谷啓は生き物が好きらしい。「笑うふたり 高田文夫対談集」(中公文庫)にこんな話がある。


高田 (……)最近凝ってるものは何ですか。
  最近はあまりないな。アリの巣を作ってるくらい。
高田 ハトだとかアリだとか変なものが好きですね(笑)。
  あ、かぶと虫にも今……、
高田 かぶと虫もって、夏休みの子供じゃないんだから(笑)。
  この前、変な虫を発見したの。
高田 発見しますね、また。
  植木鉢をどけたら、三十センチくらいあるきし麺のような長い虫が渦巻いてるんですよ。捕まえようとしたらブチッと切れて、切れた先も動く。残った方も動く。昆虫図鑑に出てないんですよ。
高田 谷さんが第一発見者じゃないですか(笑)。
  いや、前に聞いたことはあるんです。またうちは、ミミズがやたらといるんで、牛乳ビンに入れておくんです。一匹や二匹じゃなんてことないですけど、口許までミミズをつめると、見た目すごくいい感じ。
高田 いい感じ!(笑)
  カミさんとか子供が……、
高田 喜ぶんですか?
  いやがる。いやがらせには最高(笑)。


 何だかよくわからない。よくわからないが、いい。


 また、谷啓は――もちろん、わたしは会ったことがないけれども――奇人ではあっても、あまり人を不快にはしないんではないか、と思う。


 何なのだろうか。人徳、と言ってしまえばそれまでだが。
 不思議な人である。


植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」

植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」

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「今日の嘘八百」


嘘六百五十七 「ロミオとジュリエット」でシェイクスピアが一番言いたかったことは、「若い者は無茶していかん」ということである。