ガチョーンと宇宙の隙間

 谷啓の一番メジャーなギャグはガチョーンだろう。


 谷啓といえばガチョーンガチョーンといえば谷啓というくらいのものである。


 たまに誤解している人がいるので書いておくと、ガチョーンは手を前に突き出すのではない。突き出した手を後ろに引くのである。


 谷啓ガチョーン、と手を引いた途端に、まわりの人間が崩れ落ちる。あるいは、カメラとともに激しく揺れる。これがガチョーンの基本形である。


 元々は麻雀でツモるときの動作から来ているんだそうで、谷啓はツモを狙うとき、「ガチョーン」と言いながら牌を引いていたらしい。
 それを立ち姿でスタジオに持っていったのが、ガチョーンになったわけだ。


 ガチョーンの“発見”は、かくしてなされたわけだが、後に谷啓はそこに深遠な極意を見出した。


 曰く、「万物生きとし生けるものすべてを引きずり込み、一瞬、真空状態にして“ガチョーン”と引き抜くと、バランスが崩れ、周りの人たちが皆、なだれ落ちる」*1


 達人、天才というのは、人が見過ごすところにも、神秘的な何かを見いだすものである。


 ここから先はわたしの解釈だが、ガチョーンとはすなわち、宇宙に隙間を作る行為ではなかろうか。


 ガチョーンの手は確かに何かをつかんでいる。しかし、そこは「一瞬、真空状態にして」あるわけだから、空気をつかんでいるわけではない。


 つらつらと考えるに、ガチョーンは「空間性」とでもいうべきものをつかんでいるのである。


 この、二次元的にいえば平板な、安定した三次元世界において、空間性をつかみ、ガチョーン、と一気に引き抜く。
 すると、真空の場所に空気がどっと流れ込むように、世界が、抜き取られた空間を埋めようと、渦を巻いて流れ込む。次元の歪みがそこに生まれる。


 周囲の人間も、当然、三次元世界の住人だから、次元の「バランスが崩れ」ると歪みに巻き込まれ、なだれ落ちることになるのだ。


 うーむ、恐るべし、谷啓ホーキング博士を倒せるとしたら、この人しかいない。

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「今日の嘘八百」


嘘三百九十八 ブス、ブオトコとは、すなわち空間の歪みである。


*1:「笑うふたり 語る名人、聞く達人」(高田文夫対談集、中公文庫、ISBN:4122038928)より。