谷啓

 谷啓という人は変わった人らしくて、いろいろな逸話がある。


 恥ずかしがり屋で、バンドマンとしてステージにあがるとき(元々はトロンボーン奏者)、なるべく見えないようにサングラスをしていた、なんて話がある。
 確かに自分からまわりは見えなくなるだろうけれども、まわりからはかえって目立ってしまう――そんなところが、どうも変わっている。


 以下は、「笑うふたり 語る名人、聞く達人」(高田文夫対談集、中公文庫、ISBN:4122038928)より。


高田 谷さんちが火事で焼けたあと、庭で麻雀してたっていうのはなんなんですか(笑)。
  そのころ麻雀をよくやってたんで。
高田 なんだかわかんない人だね(笑)。
  もうすることがなくなっちゃったんですよ。見舞いの人がやたら来るし、ここでうろたえてもしょうがないし、町内会の人がテント張ってくれたんで、麻雀引っ張りだして。
高田 普通やらないよな(笑)。
  冬だったんですよ。一月十九日だったかな。で、焼け跡におまわりさんがずっといるんですよ。だから、テントのなかで小声で。
高田 小声でポン(笑)。
  今日は俺、家焼いちゃったから、ツイてないからレート半分に下げて。
高田 俺ツイてないからって(笑)。
  そしたらツイちゃったんですよ。ああ、倍にしときゃよかったと思って。


「だから、テントのなかで小声で」っていうのがおかしい。


 家焼いちゃってツイてないから、レートを半分に下げる、というのも、理屈が通ってるような、通ってないような、である。
 たぶん、谷啓の中では、理屈が通っているんだろう。ただ、普通の人の理屈とは、何だかちょっとズレている。とはいっても、ズレすぎて不気味なところまでは行かない。そういうことじゃないか。


  でも、麻雀しながら、ふと気になった。二階の寝室にもらったエロ写真がいっぱいある。
高田 エロ写真!(笑)
  焼け跡からそんなものが出てきてもいかんし。
高田 ハッハッハ。
  よし、というんで、階段も焼けちゃったから、梯子をかけて上がってみたら、寒いんだけど、月が妙にこうこうと昼間のように部屋の中を照らしてるんですよ。で、見たらば、部屋中に白いものがいっぱい散ってる。月明かりのなかでとってもいい感じにね。
高田 また、他人ごとみたいに見てますね(笑)。
  何だろうと思って見たら、エロ写真。放水の勢いで散らばったらしくて、それが全部といっていいほど表になってる。
高田 歌留多取りじゃないんですから(笑)。
  下にはおまわりさんがいるし。
高田 見つかったらどうしようと(笑)。


 焼け跡の月光の下、きれいに表を見せて散らばったエロ写真。一幅の俳画を見るようである――ってことはないか。


 本人は別におかしくしようと思っているわけではないのに、おかしいことになってしまう。何なんだろうか、こういう人っていうのは。