森繁久彌

 昭和三十年代の森繁久彌の人気というのは大変なものだったらしい。


 といっても、わたしが生まれる前のことで、その人気ぶりを直接体験はしていない。せいぜい、物の本で読んだり、当時の映画を見たりする程度である。


 当時の森繁久彌は基本的に喜劇役者で、映画ではよく助平な人物を演じていた。
 また、当人も助平、というか、男女の情に通じていたようだ。物は言いようである。


 高田文夫三宅裕司の対談に、こんな一節がある。
 今から十年前、三宅裕司主演の映画に森繁久彌が出演したときのこと。撮影現場には、森繁専用のソファ付き待合室があり――。


三宅 僕も一回呼ばれましたけど、岸本加世子を連れていきましたよ(笑)。
高田 ずるいね。一人じゃ太刀打ちできない。
三宅 若い女のコがいるとご機嫌がいいですからね。待ち時間、ズーッとスケベエな話してますから、森繁先生は。
高田 そりゃ元気な証拠だね。
三宅 話さないときは(手のひらを上に向けて指先を動かし)目つきと手つきでスケベエなカッコしてるんです(笑)。
高田 いいなあ(笑)。
三宅 しかもずーっと女のコを狙ってやりますからね。


(「笑うふたり 語る名人、聞く達人」、高田文夫対談集、中公文庫より。ISBN:9784122038929


 当時のモリシゲ先生、八十歳を過ぎている。


「目つきと手つきでスケベエなカッコ」をされた女のコがセクハラで森繁久彌を訴えたら、さぞや笑えたろうに。惜しいことをした。


 ま、しかし、普通のオッサンのセクハラは下卑てるだけでツマラないが、森繁久彌のそれには何とも言えない味わいがありそうだ。
 人となりと芸の問題だろう。