ラテンアメリカ小説遍歴(2023年)その1

 正月にガルシア=マルケスの「エレンディラ」を読み直したら、相変わらず面白く、その流れでラテンアメリカの小説をあれやこれやと買い込んでしまった。今は順番に読んでいる。

 昨年も、年末年始にガルシア=マルケスを読んで、ラテンアメリカ小説ブームがおれのなかで始まった。確か、半年ほど、ラテンアメリカの小説ばかり読んでいたのではなかったか。

 この1月に読んだ本について順番に紹介していきたい。

 

 

 解説によれば、1980年に行われたスペイン語圏の作家や批評家たちへのアンケートで、ラテンアメリカ文学の最良の作品として、ガルシア=マルケスの「百年の孤独」と、このファン・ルルフォの「ペドロ・アラモ」がトップの座を分かち合ったのだそうだ。

 物語は「おれ」が父親のペドロ・パラモを探してコマラという町に着くところから始まる。そのあとは短い断章が時系列関係なく並ぶ。なんの紹介もなく人物が登場し、いつの時代の話かもよくわからないことが多いから、正直、面食らう。コマラ一帯の地方ボスにのしあがったペドロ・パラモの物語や、死者の語りが続く。いつのまにか「おれ」は墓の中にいたりする。「なんなのだ、これは?」と思いつつ読み進めた。

 ネットで調べてみると、「二回読め」とあった。

 一度読み終えて、最初からもう一度読み直すと、なんと! 全てがつながっていく。アリアドネの糸はつながっていた。ペドロ・パラモの生涯と、その底を流れる感情があらわになり、感動した。

 ネットにあった通り、この小説をこれから読む人にはとにかく二回読め、間をおかずに読み直せ、と言いたい。そうしないとこの小説の凄さ、面白さはわからない。

 

 続いて、同じメキシコのカルロス・フエンテスの「アルテミオ・クルスの死」。

 

 

 メキシコ革命の内乱を生き抜き、メキシコ経済界の大物にのしあがったアルテミオ・クルスの生涯を描いた作品。

 決まった流れがある。

 

①病で倒れた老いたアルテミオ・クルスが「わし」という一人称で意識の流れをつむぐパート

②「おまえ」という二人称でアルテミオ・クルスに何者かが語りかけるパート

③日付が明記され、過去のアルテミオ・クルスの物語が語られるパート

 

 ③の後は①に戻る。それが繰り返される。この流れのなかで、アルテミオ・クルスの生涯が浮き彫りになる。

 昨年読んだ「澄みわたる大地」もそうだったが、実に骨太な小説だ。ズドンでもなく、ガツンでもなく、ゴツン、と来る感じだ。フエンテスの筆は時に熱を帯びる。

 読んだ後、少しぼんやりしてしまった。大作である。

 

 メキシコから南にひとつ下って、グアテマラの作家アストゥリアスの「グアテマラ伝説集」。

 

 

 1930年に発表されたもので、ラテンアメリカ文学についてよく語られる「魔術的リアリズム」を創始した作品とされているらしい。

 グアテマラにはかつてマヤ文明が栄え、その後、スペインに侵略された。グアテマラの都市は、マヤ時代に造られた何層かの都市の上にスペイン時代の都市が乗っかっていることが多い。文化も同じで、基底にはマヤの文化・文明・神話が横たわり、その上にスペイン植民地の文化・文明・伝説が乗っかっている。

 アストゥリアスは、マヤの神話・伝説、スペイン時代の伝説を素材にして、新しい物語を創造した。物語によって筆致は異なり、散文詩、短編小説、戯曲に大きく分けられる。

 正直、おれの読解力では何を言っているのか理解しにくい文章も多い。たとえば:

 森は「火山」の方に延びていたが、「火山」は熱く濃密にふくれあがり、不毛な蝮の生命力にぶつぶつと疼いていた。それは岩石となって吹き出した木の葉の大海であり、そこでは歩行動物の足跡が蝶を描き、白血球が太陽を描いていた。

 よくわからない。わからないが、作品全体から絢爛としたイメージがあふれており、楽しい読書体験ができた。

 アストゥリアスは若い頃パリにわたって、シュールレアリスムに影響を受けたらしい。有名な「手術台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会い」のように、異質な言葉と言葉のぶつかり合いから新しいイメージを生み出しているのかもしれない。

 短編小説タイプのものは、割りにすんなり読める。呆気に取られるような展開や、マヤの神話世界の豊かな体験に引き摺り込まれる。一方で戯曲はよくわからなかった。

 冒頭の「グアテマラ」だけでも読んでみてほしい。グアテマラの歴史、地理、神話、伝説を全て取り込んでひとつにまとめた、大傑作だと思う。

 

 ・・・とまあ、そんな具合でまたラテンアメリカ小説の日々である。

 今はバルガス=リョサの「都会と犬ども」を読み始めている。おれのベッドの横には何冊か、ラテンアメリカの小説が積まれている。ある程度、読み終わったら、また書いてみたい。