名は体を表すというが、どうも実際のイメージと名前のイメージが食い違うものもあるんじゃないかと思う。
たとえば、
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマン主演で、絶海の孤島の刑務所から脱獄するという、カッコよくハードな映画のタイトルである。
しかし、どうも「パピヨン」という音の響きの間が抜けている。
おれの中学時代、パピヨンというあだ名の英語の先生がいた。もう、パピヨン、という他ない、ぽよよん、とした面白くてたまらん風貌の先生であった。
先の映画、実に男くさいのだが、パピヨン、ぽよよん、とした音の響きとのギャップが実に大きい。
まあ、パピヨンは元々、フランス語で蝶を指すそうだから、ギャップがあっても仕方ないのだが。
同じ映画タイトルでいうと、
もギャップが大きい。
ポチョムキン、である。ポチョでムキン、である。音が楽しすぎる。
史実では帝政ロシアに反乱した歴史的事件をもとにしたこれまたハードな内容なのだが、しょせんはポチョムキン、である。何がしょせんは、なんだか、自分で書いていてもわからないが。
人の名前だと、
という哲学者が軽くて、笑いを誘う。ポパー。ポパー。ポポポポポパー。自分で書いていてもよくわからないが。
Wikipediaから引用すると、
純粋な科学的言説の必要条件として反証可能性を提起し、批判的合理主義に立脚した科学哲学及び科学的方法の研究の他、社会主義や全体主義を批判する「開かれた社会」を著すなど社会哲学や政治哲学も展開した。
フロイトの精神分析やアドラーの個人心理学、マルクス主義の歴史理論、人種主義的な歴史解釈を疑似科学を伴った理論として批判[1]。ウィーン学団には参加しなかったものの、その周辺で、反証主義的観点から論理実証主義を批判した。
という実に大変な人なのだが、ポパー、という名前でだいぶ損(?)している。
まあ、やはり、哲学者はヴィトゲンシュタインとか、ハイデッガーとか、ドイツ系の名前だと迫力があってよい。
名が体を表せない、という残念なケースもあるのである。