ラテンアメリカの作家と移住

 昨年末以来、ラテンアメリカの小説をあれやこれやと読み続けている。

 作家たちのプロフィールを読むと、いずれも国外移住がとても多いことに気づく。たとえば、ガルシア=マルケスの場合:

コロンビア(国内を転々)→イタリア(ローマ)→フランス(パリ)→コロンビア→ベネズエラ(カラカス)→キューバ→(この後がよくわからないが、スペイン(バルセロナ)にも住んだことがあるはず)→メキシコ

 という具合。

 ペルー生まれのバルガス=リョサも若い頃にヨーロッパをめぐり、パリではラジオの仕事をしていた(小説では食えなかったかららしいが)。名を成してからはスペインのバルセロナに住んでいたことがある。

 キューバのアレッホ・カルペンティエルはスイスの生まれで、少年時代にパリに移り、キューバに住むようになったのは大学時代からだ。パリに亡命した後、ベネズエラキューバ→フランス(パリ)と移っている。

 メキシコのカルロス・フエンテスは父が外交官だったため、少年時代にパナマエクアドルウルグアイ、ブラジル、アメリカ合衆国、アルゼンチンをめぐっている。高校時代をメキシコで過ごした後、イギリス(ロンドン)に渡る。この後がよくわからないが、メキシコとイギリス、フランス、アメリカ合衆国を行ったり来たりしたらしい(作家であるとともに、文学者として大学で教えたため)。最後はメキシコで亡くなっている。

 チリのホセ・ドノソは若い頃、職と住処を転々としてアルゼンチンにもいたことがあるようだ。大学時代にアメリカ合衆国に留学。その後、メキシコ、アメリカ合衆国ポルトガル、スペインと移り住んで、最後はチリで亡くなっている。

 ロベルト・ボラーニョはチリで生まれて、15歳のとき、メキシコに移住。20歳でチリに帰国した途端、クーデター騒ぎに巻き込まれ、メキシコに戻った。その後、エルサルバドル、フランス、スペインを放浪し、その後の遍歴はよくわからないが、スペインにもっぱら住むようになったようだ。

 ホルヘ・ボルヘスは比較的移住が少ない。アルゼンチンで生まれ育ち、若い頃にスイスとスペインに渡ったが、その後はずっとアルゼンチンで暮らした。

 この、ラテンアメリカの作家たちの度重なる移住は何なのだろうか。

 ラテンアメリカがブラジルを除いて、ほぼスペイン語圏だということもあるのだろう。しかし、フランスやイギリス、アメリカ合衆国にも結構、渡っている。特に若い頃は、勉強するなら欧米(この米はアメリカ合衆国のこと)という認識が、ラテンアメリカでは大きいのだろうか。

 移住という感覚が日本より軽いのかもしれない。あるいは法制度の違いもあるのか。彼らは母国に足りないものがあると感じたとき、それらを手に入れられる(と思う)国があり、そこに移り住むのも比較的容易にできる。と、いうことだろうか。

 日本人の著名な作家で、こんなに移住を繰り返した者はいないのではないか。ぱっと思い出すところでは、夏目漱石森鴎外が若い頃、イギリスあるいはドイツに留学したこと、永井荷風が若い頃に米仏をめぐったことくらいか。あ、金子光晴もパリに住んでいたことがあるか。が、ラテンアメリカの作家たちのように、本格的な移住をした作家はあまりいないように思う。日本語の文法的構造が欧米語とは大きく違うことや、日本がなんだかんだで住みやすいこともあるかもしれない。

 作家たちの移住の多さが、ラテンアメリカ文学が世界性を獲得することに結びついているーーとまで言うと、あまりに慌てものだが、さまざまな居住体験が彼らの作品に影響を与えているのは間違いないだろう。違う風土、国語の生活を体験することの影響は小説世界をつくりあげるうえでなかなか大きいように思う。