耳なし芳一

 今日はシモネタ。その手の話が嫌いな方はご勘弁いただきたい。


 怪談に、耳なし芳一という有名な話がある。


 芳一という琵琶法師が平家の怨霊に見込まれる。芳一の住まう寺の和尚は、このままでは芳一が怨霊にとり殺されてしまうかもしれないと考え、小僧とともに芳一の全身に般若心経を書く。
 ところが、小僧が耳に書き忘れたものだから、怨霊には、芳一の耳だけが空中に浮かんで見えた。怨霊は芳一の耳を奪って帰った、とそういう話だ。


 おそらく、この話を読んだ/聞いた人のうち、かなりの人が「あそこはどうしたのだろう?」とくだらぬ想像を働かせたはずだ。わたしもそうである。


 和尚が、芳一の裸の体に般若心経を書いていく。筆があそこに至ると、やはり、和尚は数珠を捧げた手でひと拝みしてから書いたのであろうか、などと、細かいことを考える。


 何しろ、筆で全身をなで回されるのである。くすぐったくてたまらないであろう。あるいは、感じてしまったかもしれない。昔の寺というのは、衆道が盛んだったとも聞くし。


芳一 あ、和尚様、くすぐったい。
和尚 我慢しなさい。
芳一 あっ、でも、そのように筆で。ああっ、そ、そこは
和尚 昔を思い出すのう。あれはお前が盲いて寺に来たときだから、九つか十か。
芳一 お懐かしゅうございます。ああ、あふん。
和尚 ふふ。体は正直よのう。


 書きながら、だんだん自分が下卑てくるのを感じる。


 そうして、夜になり、芳一は部屋でひとり、息を殺している。怨霊が現れたときには、寒さと怖さでその部分がすっかり縮こまってしまい、文字は潰れ、空中には三点が浮かんでいたという。

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「今日の嘘八百」


嘘六百三 実際にやってみると、般若心経の文字の部分だけが透けてしまったらしい。