甚兵衛さん〜その2

 甚兵衛さんは、何かに欠ける。いや、持たずに済んでいる、というべきか。
 まわりから愛され、ある種の福をもたらす人でもある。


 腹の減った甚兵衛さんが向かいの家に金を借りにいく。


「こんちわぁ」
「おや、これは。おあがり。今日、仕事休みかい?」
「ええ」
「そう。あがっとくれ。あたしゃあ、お前さんが好きなんだよ。人間に罪がなくって大好きだ。ゆっくりしといで」


 ま、しかし、落語の世界だって、世知がらい。金を貸してくれ、と頼むと――。


「実はね」
「うん」
「オアシをね」
「ないよ」
「……随分、早いんだね、またね。あの、五十銭」
「五十銭なんて、見たことないよ」


 好かれてはいるが、金勘定についてはさっぱりアテにならない人だから、言下に断られてしまう。


 甚兵衛さんは物を知らない人でもある。しっかり者のかみさんに、魚を買ってくるよう、言われる。


「少し都合があるんだよ。その代わり、なんだよ、尾頭付き、買ってくるんだよ」
「何だ、おかしらつきってのは」
「尾頭付きってのはね、頭のある魚」
「ああ、そうか。頭のあんのをおかしらつきってのかい?」
「そうだよ」
「ふーん。……英語だな」
「英語じゃないよ!」


 話芸なので、なかなか文字ではおかしさを伝えられないが、諦めてください。


 甚兵衛さんは物を知らない。
 知識を得たい、という欲はもちろん、人間、物を知っておくべきだ、という考えすら、持たずに済んでいるのだと思う。