昔の遊郭はしきたりが多くて、例えば、季節の着物を着替えるだけでも大騒ぎだったそうだ。
暑くなったからといって、遊女はただ薄い着物を出して着ればいい、というわけではなかった。
他の遊女や若い衆、おばさん(客と交渉する女性。やり手ばばあ、と呼ばれるのはこの人達)なんかを呼んで、わーっと振る舞い、「ハイ、この通り」と着替えた姿を披露しなければないけなかったようだ。
これに金がかかる。じゃあ、その金をどうするかというと、馴染みの客に工面してもらったらしい。
巻紙も痩せる苦界の紋日前
という川柳がある。
苦界は遊女の境遇のこと。紋日は遊郭の年中行事がある日のことだ。
紋日が近づくと、お金の心配で遊女は身の細る思い。客にやたらと手紙を書くもんだから、巻き添え食って、紙のほうも身が細っていく。
こういう川柳を、先日書いた、粋、というんだろうと思う。
関西の笑いはよく知らないけれども、この手のさらりと見立てる笑いは東京のものじゃないか、という気がする。
「男はつらいよ」の寅さんにこんなセリフがある。
「俺とお前はお風呂のおならだ。前と後ろに泣き別れ」
ここで、「巻紙も痩せる」のようにスマートに行けず、「お風呂のおなら」と見立ててしまうのが寅さんだ。
洒落っ気はあるのだけれども、どこか野暮ったく、そしておかしい。
色気、媚態に絶望的に欠けるせいで粋になれない男の、おかしさと哀しさが表れている(山田洋次監督なり、渥美清なりは、そこらへん、計算していたのだろう)。
見立ての笑いの名人が、古今亭志ん生だ。
女性の化粧について語った、こんな枕がある。
……鏡とこう、にらめっこしておりますねぇ。下塗りから中塗りから上塗りまで。すっかり塗り上げちゃうと、ずーっと鏡んとこに顔を持ってきますな。近目が水族館入ったような目ぇして。
(「文違い」 - 古今亭志ん生 落語ベスト集04)
同じく志ん生で、借金を断る人のセリフ。
「お前さんに貸したって、取るアテがねえもの。お前さんに貸しゃあ、出しっぱなしになっちゃう。公園の水道みたいになっちゃうから、ダメだ!」
(「鮑のし」 - ザ・ベリー・ベスト・オブ志ん生 Vol.6)
公園の水道、出しっぱなし、なんていう発想、なかなか出てくるものではない。
志ん生、志ん生と書いて、いつもくどいみたいだけれども、見立ての笑い、ナンセンス。
昭和三十年代に生きていたジイさんが、今聞いてもぶっ飛んでおかしいというのは、凄いことだと思う。
だまされたと思って、一度、志ん生を聞いてみてください。ま、だまされるかもしれませんが。
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「今日の嘘八百」
嘘百九十八 女性は十代の頃から左官の修行を始める。