太鼓持ち

 太鼓持ちというのは芸人の一種で、歌舞音曲一通りの芸を身につけ、客(しばしば旦那)を楽しませるのが生業(なりわい)だ。


 寄席芸人がマス(といっても、寄席では人数が限られるけれども)を相手にするのに対して、太鼓持ちはパーソナル・サービス。服で言えば、レディメイドとオーダーメイドの違いのようなものだ(ろうか?)。


 わたしは落語でしか知らない。落語ではたいてい一八(いっぱち)という名前で、ひたすら、旦那の後を追う。


「一八、今日は暑いな」
「暑いですな」
「でも、昨日よりはマシだな」
「エェ、もう、昨日よりは、ずーっとマシですよ。暑かったですからねェ、昨日は。昼間に道ィ、歩いてたら、電線から焼き鳥が落ちてきた」
「何か、食うか」
「食いたいですねェ」
「鰻でも行くか」
「ヨッ! 鰻っ!! 結構ですネ。こういう暑い日は、精をつけなくちゃいけません」
「でも、鰻は腹にもたれるしなあ」
「そうですヨ。腹にもたれちゃいけません。エェ。胃が疲れて、かえって、夏バテしちゃうってやつです」
「蕎麦にでもしておくか」
「ヨッ! 蕎麦っ!! また、アナタってェ人は蕎麦を食うネ、うれしいネ。蕎麦をつるつるっ、と、こう行くのが江戸っ子だ。よくうどん食うのがいますけど、あんな間抜けな食い物はない。江戸っ子は蕎麦でなくちゃアいけません」
「蕎麦もいいけどな、腹にたまらないのがな」
「蕎麦は、たまりませんねェ。アタシなんざ、胃まで江戸っ子、気が早い。蕎麦屋から出たら、もう、お腹が空いちゃってる」
「いっそ、ステーキでも食うか」
「ステーキっ! そう!! やっぱり、江戸っ子はステーキだ。粋だねェ、旦那は」
「でも、昼からステーキというのもなァ。やっぱり、食うの、よしとこう」
「よしときましょう」


 何が何だか、わからない。


 もっとも、落語に出てくるような、騒々しい太鼓持ちはあまり上等なほうではなかったらしい。
 名のある太鼓持ちになると、お座敷にあがっても、芸は弟子にやらせ、自分はもっぱら旦那の話を聞くのだという。


 なるほど、人は自分の話をしたがるものだ。特に、酒席でお金をばらまくような旦那になると、自慢話もいろいろあるだろう。話を聞いて、感心してくれる人がいれば、気分がよくなる。


 たぶん、ただ相づちを打っているばかりでなく、うまい具合に相手の話を引き出したり、いいタイミングで酒を注いだり、いやらしくない程度にヨイショをしたり、ここぞというところで芸を見せたりもしたのだろう。


 相手を気分よくさせて、おアシをいただく、という商売だ。派手に芸をやって騒げばいい、というものではなかったのだと思う。
 客の人となりや、気分、ツボをつかんで、ピンポイントで合わせるのだから、誰でも簡単にできる商売ではない。いわば、人としての芸を身につけていたのだろう。