目覚まし時計

 人間がつい殺意を抱いてしまう人工物というと、まず目覚まし時計が最有力候補に挙げられるのではないか。


 今朝も私は、「ピピピピピ!」という神経を逆撫でする音で目が覚めた。そうして、世界を呪うと同時に、常軌を逸した怪音波を発する目覚まし時計に、激しい憎しみを抱いた。
 スイッチを切ってから、「こやつは、なぜ朝からこうもハイテンションなのか!?」と、再び暗闇へと落ちかかる意識を背中から必死に抱き止めつつ、思った。


 熱心に探しているわけではないのだけれども、今まで、これはいい、という目覚まし時計に出会ったことがない。


 今まで一番長く使ったのは、ラジオ付きの大きなデジタル時計だ。中学のときから、なんと20年近くも使った。
 とっさに曲名を思い出せないが、「♪ミド〜、ミド〜、ミ、ソ〜ソミ、ドミレ〜」と電子音でいかにもノーテンキなメロディを鳴らす。
 このメロディの陽気に浮かれ踊る感覚が、天国から娑婆へと引き戻される起床のときには、非常に腹立たしいのだ。電子音というのも安っぽく、薄っぺらな現代社会への怒りというものをかき立てる。放っておくと、タクシードライバー(by デ・ニーロ)と化してしまいそうだった。


 まあ、しかし、毎朝腹を立てながらも、ちゃちなデジタル時計を20年近く使ったのだから、我ながら大したものというか、呆れるというか。


 別にそのデジタル時計に愛着を持っていたわけではない。何しろ、毎朝、安っぽい電子音のメロディに殺意を覚えていたのだから。
 使い続けた理由は、単に壊れなかったからだ。しかし、結局は故障したか、引っ越しの際にゴミとして捨てたかで、今は手許にない。


 目覚まし時計は、メロディを使うものと、単に音が鳴るだけのものの、大きくふたつに分けられる。
 さらに、単に音が鳴るものには、電子音タイプと物理的に音を鳴らすタイプの二種類がある。昔は、「ジリリリリリ!」とベルを鳴らすものが主流だったが、最近は「ピピピピピ!」などの電子音が多いようだ。


 どれがいいのかは、よくわからない。


 一時期、タイマーでCDをかける、という方法をとっていたこともあったが、すぐにやめた。
 どんなに好きな曲でも、ぬめーっとヘドロのごとく眠りの世界から浮上するときには、不快に感じる。その曲を嫌いになってしまいかねず、それは困るからだ。


 電子音はひどく神経を逆撫でするので、そのうち、物理的な音のタイプに買い換えてみようか、と考えているのだが、ハテ、少しは殺意が弱まるだろうか。


 目覚まし時計は、わざと不快な音を出して目を覚まさせるようにしてあるのだろう。
 時報の「ピ、ピ、ピ、ポーン」の「ポーン」とか、木魚の音とか、あれくらいのおとなしさがいいな、と思うのだが、それでは目が覚めない気もする。


 目覚まし時計問題は奥が深い。


 あ、有名人の声などでしゃべるタイプもありますね。よくキャンペーンの景品になるやつ。
 使ったことはないけれど、あれ、どうなのだろう。すぐに飽きるか、下手したら、その声の主に殺意を覚えてしまうんじゃないか。


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