環境に負荷をかけながら自然を愛するのココロ

 パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードの「社員をサーフィンに行かせよう」を読んだ。

 

 

 イヴォン・シュイナード、あるいはパタゴニアの一貫性はさすがである。環境に対する影響を最小限にとどめ、環境についての啓発活動を推し進める。存続のためには当然、利益が必要だが、単に利益を追求することではなく、究極的には環境保護に対する活動を行うためにパタゴニアは事業をしている。

 イヴォン・シュイナードはもともとクライマーで、ある岸壁を登ったとき、岩にたくさんのピトン(ロープをつなぐための杭のようなもの)が残されていることに疑問を持った。自然を愛して山に登っているのに、その自然を壊してしまっている。そこから岸壁への負荷の少ない登山道具を開発した。その後、ウェアに着目してパタゴニアの事業をスタートさせた。

 わかりやすいストーリーである。パタゴニアの本気度にも疑いはない。一方で、おれには少し引っかかるところもあった。

 おれは山に登らない。自分のやらないことには手厳しくなりがちで、なんでわざわざ苦しい思いをしてまで山に登らないといけないのだと思う。が、もちろん、その苦しさ以上の喜びや楽しさが、登山をする人にはあるのだろう。おれは釣りもしない。余分な殺生をしたくないというのもある。

 アウトドアにはほとんど興味がなく、せいぜい自転車でそこらへんを走り回るくらいである。東京近辺の川や公園を走る程度だから、まあ、アウトドアとは言えない。

 でまあ、そういう非アウトドアの人間だから思うのだろうが、環境保護を重視するクライマーというのは一方で矛盾を抱えていないかとも思う。彼らは山に向かうとき、全行程を歩いていくわけではあるまい。おそらく、近くまではクルマで行くはずだ。ガソリンをがんがん燃やして、CO2を排出しながら山まで行く。そうして、環境は大切だ、と主張する。パタゴニアの服を買って。だったら山なぞ登らず、クルマにも乗らずにいたほうが害は少ないのではないか。

 もっとも、そういうふうに突き詰めていくと、家でじっとしていろ、なるべく息も吐くな、となってしまう。そうまで言うつもりはないが、ちょっと引っかかるのよね。