ビートの体幹

 おれは中学のときからもっぱら洋楽を聞くようになった。中学時代は洋楽のジャズ、フュージョン、高校時代はロック、大学からは雑食だが、R&Bやファンクをよく聞くようになった。日本の音楽はムード歌謡を除いてあまり聞かなかった。

 昔で言うところのニューミュージックやポップスも、折に触れて耳にする機会はあったが、積極的に聴く気にはならなかった。なんでかなー、と思うに、ビートの弱さがひとつあると思う。なかなか言葉ではうまく説明できないのだが、腰の座ったビートというのが日本の演奏にはあまりない。これは演奏者側のビート感覚のせいもあるが、そもそガシッと濃ゆいビートが聴く側にあまり好まれず、Jポップとやらのシャラシャラした軽いリズム感が受ける土地柄もあるのだと思う。

 先日、コロナ騒ぎの余波で、タワー・オブ・パワー(1970年代に活躍したアメリカのR&B〜ファンクバンド)の歴代のリードボーカルがそれぞれ自宅で唄って重ね録りした演奏を見た。これがもうごキゲンなのだ。

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 こういう演奏を聴くと、演奏にも体幹の強さというのがあると思う。アメリカのヘビー級ボクサーの強さにも通じる。

 星野源の「うちで踊ろう Dancing On The Inside」への重ね録りが話題になっているし、いい活動だと思うけれども、演奏にタワー・オブ・パワー体幹の強さはない(そもそも目指していないのだろうし、それはそれで好きずきである)。シャラシャラしていて、文化というか、伝統というか、育ってきた環境が随分と違うのだろうなー、と思うのだ。