狭い席の間を通る場合の礼式について

 この間、帰省から東京に戻るため、特急に乗ったわけである。指定でとった席は窓側で、隣の通路側の席には妙齢のお嬢さんがすでに乗っていたわけである。グリーン車ではなく、普通の席だから前後の座席の間はさして空いていないわけである。しかも前の座席が倒されていて、なおさら狭くなっているわけである。
「すみません」
 と一声かけて、進行方向に向いてお嬢さんの前を通ったのだが、ハテ、こういうときいつも迷うのよね。
 ご存知の通り、人体というのはその構造上、一般に前後に比べ左右の幅のほうが広い(年をとると、部分的に前後の厚みのほうがしばしば増すのだが、それはまあよい)。狭い席と席の間を通るときは体を横にしなければならない。そういうとき、座っている人と同じ方向を向いて通るべきか、向かい合って通るべきか。
 同じ方向を向いて通った場合には、尻を相手に向けることになる。これは本来は大変に失礼なこととされている。相手が妙齢のお嬢さんとあればなおさらであり、偶然にでもプッとやった日には終着駅に着くまで大変に気まずい思いで過ごさねばならぬ。
 かといって、向かい合って通った場合には面と向かうことになり、妙齢のお嬢さんにはちょっと威圧的に感じられてしまうのではないか。また、妙齢のお嬢さんは座っており、視線の少し下がローリング・ストーンズスティッキー・フィンガーズのアルバムジャケットみたいな具合になってしまう。

→ スティッキー・フィンガーズ

 これはひどく挑発的ではなかろうか。
 うううむ、いかにするべきや。妙齢のお嬢さんに尻を向けてしまった罪悪感を覚えながら、おれは窓側の席で腕を組んでずーっと考えていた。答は出なかった。おそらく、小笠原流礼法でもこのような場合の処し方は決まっていないであろう。
 沈思黙考しながらちらりと隣を見ると、妙齢のお嬢さんは携帯型ゲーム機で何やらロールプレイングゲームにいそしんでいらっしゃるようであった。