ポイント柔道

 土曜にNHKスペシャルの「日本柔道を救った男 石井慧」を見て、ハハア、そういうことであったか、といろいろ得心のいったことがあった。


 現在の柔道の国際ルールは、ポイント制になっている。技のきまり具合でポイントが決まる。


 シュパターンと鮮やかに投げたり、25秒間抑え込んだりすると「一本」で、その時点で試合は終わる。
 一本の下のポイントが「技あり」。技ありの下が「有効」。有効の下が「効果」である。
 試合が終わった時点で、より高いポイント(技)を取っていたほうが勝つ。


 でもって、柔道の大会を見ているとよくあることだが、先にポイントを取ったほうは時間切れを狙って、極端に守りに入ったり、投げるふりばかり続けたりする。


 それではツマラない、お客さんも盛り上がらないということなのだろう、あまり守り続けたり、攻めるふりだけすると、反則を取られる。
 反則も相手側のポイントになって、「警告」は技ありと同じ、「注意」は有効と同じ、「指導」は効果と同じポイントである。


 日本の柔道は、「一本」を取ることに重点を置いている。「一本」を取るような投げを打つには、両手で相手の襟などをしっかり持って組むことが重要になる。


 北京オリンピックの中継を見ていても、アナウンサー、解説者ともに、一本勝ちにこだわりがあるようで、「きちんと組まなきゃダメですよ」という類のセリフをしばしば聞いた。


 しかし、世界の柔道の潮流は違っていて、相手にポイントを取られることを防ぎつつ、自分がポイントをあげることを優先する。
「一本」を取れれば、もちろん、ベストだが、何がなんでも「一本」を取りにいって、逆にやられては元も子もない。試合が終わった時点で自分のポイントが相手より上回っていればよい、と、そういう考え方のようだ。


 その結果、相手に組まれないようにこちらからも組みに行かず、相手の足を取って倒したり、体を預けて押し倒したりする試合が多くなっている。あるいは、相手の奥襟(首の後ろ)どころか、肩胛骨のあたりをつかんで、相手の上半身の動きを封じ込めたりする。


 ルールに則った勝負という点では合理的な考え方だと思う。


 北京オリンピックで、内柴正人を別として、「一本」を狙った日本の男子柔道がほぼ全滅するなか、石井慧だけは、ポイントを重視する作戦で金メダルを獲得した。世界の潮流に合わせた駆け引きをやったということらしい。


 さて、問題は、「一本」を狙うのではなく、ポイントを重視する柔道が、見ていて面白いか、観客を惹きつけられるかどうか、だ。


 わたしは、やはり、シュパターンと「一本」が、見ていて爽快である、と思っていた。しかし、NHKスペシャルを見て、違う見方もあるのかもな、と思った。


 野球にたとえると、「一本」狙いはホームラン狙いに当たると思う。ホームランは、入れば大きいし、観客も盛り上がる。しかし、そう簡単に打てるものではなくて、外して三振、ということも多い。
 一方で、ポイントを狙いにいく柔道は、ヒットの積み重ねに当たるだろう。


 ガキの時分は、ドカンとホームラン、ということばかりを喜ぶものだが、だんだんと大人になるにつれ、ヒットの積み重ねや、それによるピッチャーのプレッシャー、フォアボール、牽制などの駆け引きの面白さがわかってくる。
 もちろん、大人にとってもホームランは魅力だが、そればかりが野球の面白さではないと感じるようになっていく。


 柔道にも、「一本」ばかりではない面白みがあるのだろう。


 残り2分で「有効」を取ったので、後は守りに徹しよう。一度は「指導」が来るだろうけど、それならこちらのポイントが上。相手は焦って技を掛けてくるだろうから、あわよくばスカしてさらにポイントを取ってしまおう、と考えていたら、ゲ、早くも「指導」が来た。残り1分半。このまま守っていたらもう一度「指導」が来て、同ポイントになってしまう。どうするか。こっちはかなりバテて来た。延長は避けたい。ここはひとつ多少無理してでも、攻めて、足をかけて……わ、逆にスカされちまった! 相手の「有効」。あっちが「効果」ひとつ分リードしてしまった。残り1分。カーッ、ここはいちかばちか――。


 などという駆け引きの面白みを感じ取れれば、柔道の楽しみ方が増えるかもしれない。残念ながら、わたしには、まだそこまでの鑑賞眼は備わっていないが……。