オカマの世界史

 どうも相変わらず脳の回路のつながり方が変で、妙なことばかり思いつく。
 少しは人類の役に立つことを思いつきたいのだが、まあ、仕方がない。


 歴史上の有名人が全てオカマだったら、いったいどんな具合だろうか。


 例えば、ローマのシーザーが戦争に勝ったことを知らせる。


「来たわ、見たわ、勝ったわ!」


 興奮は伝わるが、やはり、歴史に残る名言とはなりづらいようである。
 あるいは、「来たの、見たの、勝ったの」とすると、またちょっと違う味わいがあるように思う。


 暗殺される際には、


「ブルータス、あなたもなの?」


 と、こうなるわけだが、ブルータスが「そうよ、そうなの、そうなのよ!」と答えてしまうと、オカマのつかみ合いの喧嘩になってしまい、その後のローマ帝国の行く末は明るいんだか、暗いんだか。


 ずっと時代が下って、ナポレオンがオカマだったら、


「あたしの辞書に不可能という文字はないの!」


 その後に、「うん、もう!」と、床を足でトンと一回つかせたくなるのはなぜだろうか。


 我が国では、オカマの徳川家康とか、オカマの板垣退助とかも捨てがたいが、物語の幅という点では、赤穂浪士の討ち入りがいい。


 大詰め、吉良邸の討ち入りでは、大石内蔵助がコーフンするオカマ達を前にこう宣言する。


「おのおの方、討ち入りでござるわよ!」


 ちょっとさかのぼって、浅野内匠頭切腹の場面。


「力弥、力弥、由良之助(内蔵助の劇上の名)はまだあ?」
「いまだ参上しませんわ」


 緊張感も何もない。


 松の廊下で、逆上して抜刀した内匠頭を、「殿中ですわよ! 殿中ですわよ!」とオカマ達が泡を食って止めにかかるのも、騒々しい割にはどこか平和でよいように思う。

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「今日の嘘八百」


嘘七百四十 この世から戦争をなくすには、九条の精神を世界に広めるより、男が全員性転換手術を受けたほうが早いと思うの。