命懸け

 今の小咄もそうだが、言葉の重宝なところは大して手数のかからないところである。


 何しろ、冒険映画ならセットを用意して、スタッフにあれこれ指示して、テスト、本番、とえらい手数のかかるところを、言葉なら「黙って泳ぎなさい」の一言で済むのだ。
 経済的だし、第一、楽ちんだ。


 わたしは、一言付け加えたり、入れ替えたりするだけで世界の様相を変えてしまうような言葉が好きだ。見つけると、ウレシくなる。


 今日、発見したのは「命懸け」。この一言である。


 例えば、今朝の新聞の一面トップに、こんな見出しがあった。


開催の半数に「サクラ」
タウンミーティング 政府、全174回調査


 まあ、「サクラ」を入れたのは、けしからんことではある。
 しかし、少なくともわたしにとっては、ふーん、という程度の話だ。アベ君、シオザキ君、調査のほう、ま、ひとつよろしく頼むよ、ワッハッハ。


 でだね、この見出しに「命懸け」をつけてみるのだ。


開催の半数に「サクラ」
タウンミーティング 政府、命懸けで全174回調査


 いきなり事態は緊迫するのである。日本の黒い霧。政官財にわたる巨大な謀略のにおいがする。


 汚職事件に関する記事の見出しに「命懸け」をつけてみる。


福島前知事を命懸けで起訴
1億7000万円収賄


 検事達が暗殺者に狙われてしまうのだ。
 まるで一昔前のイタリア・マフィアである。前知事は、闇世界の大物なのだろう。


 次の見出しは「毛利さんら、南極へ」。宇宙飛行士の毛利衛さんや作家の立松和平さんが昭和基地を訪問する、という話だ。


 これも一言付け足すだけで様相が変わる。


毛利さんら、命懸けで南極へ


 スコット、アムンゼンみたいなことになってくるのだ。少年向け冒険物語みたいで、ちょっとワクワクする。