二人称は落ちぶれ

 ここで日本語の二人称に目を移すと、元々は相手を高くしていた言い方が、落ちぶれるケースが、ままある。


 例えば、「貴様」という言い方は字面だけを見れば、「貴」と来たうえに「様」である。随分、相手をたてまつっているように見える。


 しかし、実際には「貴様っ、何しやがる!」なんていう乱暴な言い回しで使われる。


 漢字圏からの留学生が、なまじ漢字の意味がわかるものだから、教授に「貴様」と呼びかけて笑われた、という話も聞いたことがある。


 広辞苑を引くと、「貴様」は近世(江戸時代)中期までは目上に、それ以降は同輩や同輩以下に使うようになったそうだ。


 あくまでわたしのいっこうアテにならない霊感によるのだが、相手を形の上では立てる武家の文化のせいではないか。
 同輩を「貴様」と持ち上げていたのだが、何せ同輩だからだんだんと使い方がぞんざいになってきた、と、まあ、そんなふうに想像するのだ。


「おまえ」だって同じで、漢字で書けば、「御前」だ。「ごぜん」と読めば、殿様に対するみたいである。
「きみ」は「君」。主君とか、何々の君の「君」だ。今では同格か同格以下の相手に使う。


「あなた」は漢字で「貴方(貴女、貴男)」。「貴方っ、さっさとゴミ出してきてっ!」なんて、全然尊ばれていない。
 もちろん、尊敬を求めたりせずに、おとなしくゴミを出しにいくのが無難である。