学校時代に学んだことで、その後の人生において一度たりとも役立ったことがないのに、不思議とよく覚えているもの、というのがある。
例えば、
というのがそうで、高校の地学の時間、名前が出ただけで教室が爆笑の渦になった。
その爆笑は、中学生が地図帳でレマン湖やチンポー湖を発見したときの大騒ぎとはいささか質の違ったものだったと記憶している。しかし、どんな質の違いだったかは、今となっては霧の摩周湖である。
モホロビチッチ不連続面で爆笑するには、今のわたしはあまりに汚れてしまった。
……コホン。
「モホロビチッチ」「不連続」「面」である。さっぱりわからない。
虚心に眺めてみると、モホロビチッチがトゥラルララとゴキゲンに歌い、不連続が不安の波紋を広げ、面が全体を締めている。
しかし、それが何であるかなど、今のわたしにはどうでもいいことだ。その後の人生に特に影響を与えてもいないし。
さらば、モホロビチッチ。君に会うことはもうないだろう。今までも会ったことないけど。
わかっているようでわかっていない、といえば、ジャボチンスキーというのもそうだ。
確か、東京オリンピックの陸上選手にそんな名前の人がいたのだったと思う。
しかし、私は何の種目の選手だったかも知らないし、どんな成績・風貌だったかにも興味がない。
ジャボチンスキーは、わたしの書く文章の中で変化を遂げ、ヤボチンスキーとか、バカチンスキー、アホチンスキーとして登場する。
ご本人もさぞかし遺憾だろう。ああ、遙かなる東京オリンピック。ごめんなさい、市川崑監督。
高校で学んで、今でも覚えているやつをもうひとつ挙げると、
フン族のアッチラ大王
というのもある。
ヨーロッパを恐怖に陥れ、ブイブイいわした大変な人らしいのだが、日本のバカ高校生達の手にかかると、「フン」の「アッチラ」、ぎゃはははは、というだけであった。
当時は、「弟はコッチラとソッチラで、密通した王妃の疑惑の息子がドッチラだ」というデマも流れた。
この人も、特にその後のわたしの人生に影響を与えていない。
いったい、教育とは、勉強とは、学問とは、何のためにあるのか? という疑問も浮かぶ。
まあ、しかし、ここにいるバカ男(わたしのこと)のようになりたくなければ、ちゃんと勉強したまえ、セーショーネンのショクン、ということなのだろう。
父ちゃん、母ちゃん。学費払ってもらったのに、申し訳ない。
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「今日の嘘八百」
嘘八十九 武部氏の脳味噌に穴が空いてきた。