一昨日だったか、一昨々日だったか、朝、仕事用の部屋に入ると、窓際の壁を、大勢の蟻の人々が右往左往していた。
わたしはマンションの一階に住んでいて、外は共同の細長い庭になっている。
木が並んで植えてあり、時折、小鳥がやって来て、止まる。
「小鳥さん、小鳥さん、今日も美しい朝がやって来ましたね」
と、わたしは声をかける。そうして、この世界の素晴らしさについて、小鳥さんとしばし心の中の言葉で語り合うのだ。
壁際には、分別収集用に、いくつものゴミ箱を並べている。
どうやら、庭に駐屯している蟻師団の斥候が、一般ゴミとペットボトル用のゴミ箱を見つけ、巣に帰って「北北西の方角に食糧を発見!」と報告したらしい。
でもって、出動した蟻中隊が、窓の隙間から侵攻し、食糧をかっぱらって(食べかすとかだけど)、巣に運んでいる、と、そういうことなのだろう。
うじゃうじゃと壁を這う蟻はいささか気にはなるが、お釈迦様のことなど思い浮かべつつ、放っておいた。
蟻の人々は、ゴミ箱の中の食糧をなかなか運びきれないらしく、あるいはペットボトル内にわずかに残った甘い液体を運べないせいか、昨日も右往左往していた。
蟻というのは、近くで見ていると、面白い。
食糧らしきものを発見すると、「む。これは食えるのであろうか」と触角で何度も探る。
そうして、一番前の足でかけらを上手にはさんで運ぶ。
個性もあるようで、入ってきてはすぐに食糧を運び出す勤勉な蟻もいれば、何をしているんだか、ただそこらへんを行ったり来たりしている蟻もいる。壁際からさらに部屋の中のほうへと進撃する、冒険精神に富んだ蟻もいる(さすがに国境を侵犯しすぎなので、これは叩きつぶすが)。
昨日は、にわかファーブルと化して、しばらく一匹、一匹の蟻の後を追っていた。
もっとも、このファーブル、結局は「アリの巣コロリ」というのを買ってきて、窓の桟に置いた。
「アリの巣コロリ」というのは、小さな黄色い粒がたくさん入った、透明のケースだ。
粒が蟻の好むにおいを発するらしい。
蟻の人々は「ややややや、突然、こんなところに大量の食糧を発見!」と、大盛り上がり大会で粒を巣に持ち帰る。
ところが、その粒は、実は毒で、蟻の人々は巣の中で全滅する、という、なかなかに卑怯な化学兵器なのであった。
にわかファーブルはフォースの暗黒面に引き込まれ、黄色い粒をせっせと運び出す蟻を「ウヒヒヒヒ、運べ、運べ」と目で追った。
お釈迦様のことは忘れ去られた。
さらには、「アリの巣コロリ」だけでは物足りなくなり、殺虫剤をシュパーッとかけた。
蟻の人々は、壁からパタパタと落ち、手足(?)をジタバタさせた。
「蟻も苦しいと仰向けになるのだなあ」と、悶え苦しむ蟻の人々を観察して喜んでいたのだから、ひどいファーブルもいたものである。
己の中に存在する悪を確認した日曜日であった。
生き残った蟻の人々の間では、「暗黒の日曜日」として、子孫へと語り継がれることであろう。