うろ覚えだが、居合い抜きで蝋燭の火を消す、というのがあったと思う。
夜、燭台に蝋燭が灯っている。
正座し、精神集中している侍。
「んっ!」と刀を一閃。抜き放って、灯心を斬る。火が消える。
そういうものだと記憶している。
時代劇やなんかだと必ずうまくいくのだが、実際にはどうだったのだろう。
精神を集中し、「んっ!」と刀を一閃。
「んんんっ?!」
「んっ!」はいいが、「んんんっ?!」はいけない。
うっかり、灯心より下を斬ってしまって、火のついた蝋燭が畳に落ちてしまったのだ。
慌てて井戸で手桶に水を汲み、部屋まで走って戻って、水をざーっ、というのでは、既に結構燃え広がっているだろう。
当然、畳は入れ換えなければならない。
奥方に「これはどうなされたのです?」と厳しい口調で問いつめられ、「いや、実は昨晩、居合い抜きをやってみてな……」と事情を説明するときの、男のせつなさ、虚しさ、情けなさ。
かといって、居合い抜きをする、というので、一応、外にあらかじめ水を入れた手桶を並べておく、というのも、火の用心は結構だが、どうも締まらない話だ。
まあ、失敗しても、すぐに水をかければ、畳の一部が焼け焦げたくらいで済む。
奥方には、「いや、煙草の火をうっかり落としてな……」とでも言っておけば、畳を入れ換えるほどではないかもしれない。
しかし、毎日、その焦げ跡を目にする度に、これまた情けない気分になるだろう。たとえ大事にはいたらずとも、長く尾を引く失敗というのはあるものだ。
焦げ跡に座布団を敷く居合い抜き