見返り美人

 電車に乗っていて、女性の後ろ姿に「ああ、この人は美人なんだろうなあ」と感じることがある。


 理由は自分でもよくわからない。ヘアスタイルなのか、ファッションなのか、たたずまいなのか。


 しかし、何かの拍子にその人がひょい、と振り返ると、あんまり美人でなくて、がっかりするときもある。
見返り美人」ならぬ「見返らないと美人」である。あまりに凄まじいご面相だと、「見返らないで美人」になる。


 いや、相手からすれば、全くもって身勝手かつ失礼な話であるが。


 たまたま隣に座った女性の顔が、妙に気になるときもある。“なかなかの美人のような気がする”。


 隣だから顔はほとんど見えない。ヘアスタイルと服が何となくわかるくらいだ。


 男の哀しいサガというか、こういう目をして一生懸命に見ようとするわけだが、



 なかなか顔立ちまではわからない。正面に座っている人が見たら、随分滑稽であろうと思う。


 その隣の女性が眠ってしまい、肩なんぞにもたれてかかってくると、ウレシくなる。
 古今亭志ん生の言う、「喜んで、車庫まで行っちゃったりなんかする」状況である。何ともはや、情けないというか、しょうがないというか。


 さすがに顔を女性のほうへぬっと向ける勇気はないから、いろいろと工夫をする。


 何かを落としたふりをして、拾う拍子にすかさず脇目で見る、という手もある。しかし、たまたま相手と目が合ったりすると、バツが悪い。


 割に無難なのは、正面の窓に映っている相手の顔を見る手だ。


 しかし、なかなかはっきりとは見えない。
 見極めようとして、思わず目を凝らす。正面に座っている人からすると、自分の顔をしげしげと観察されているようでアヤシの男であろう。


 窓に映った顔を見て、隣の女性はどうやら美人であるらしい、と判明すると、何かこう、ホッとする。


 でもって、電車から降りるときにその女性の顔を見ると、あんまり美人でなくって、ガッカリする。思えば、短く儚い夢の時間であった。


 夢をありがとう、である。

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「今日の嘘八百」


嘘六百七十九 間違って悪夢を食べたバクが、腹痛で随分苦しんでいるとか。