生きているといろいろな葛藤に襲われるものだ。
今日、問題にしたいのは、電車の座席における「スーツの上着の裾問題」である。
座席がひとり分空いている。そこに隣のオジサンのスーツの裾が広がっている。さて、どうすればよいか。
わたしはいつも思い悩んで、身悶えするのである。「ああん」。気づくと、まわりから人が引いている。
スーツの裾を広げているのがワカゾーなら、何も問題はない。平手打ちを食らわすなり、「どけ」と若山富三郎の声で凄むなりすればよい。
しかし、裾を広げているのがオジサンの場合、長幼の序を大切にする儒教なわたしとしては、いささか困ってしまうのである。
もちろん、そのまま立っているという選択肢はある。
ただ、疲れているとか、少しでも体を休めておくべき時であるとか、オジサンと反対側の隣に座っているのがカワイコチャン(死語かな……)であるとか、やはり座りたい場合はある。
構わず、オジサンのスーツの上に座ると、オジサンが先に下りる場合、スーツを引き止めて金色夜叉状態になってしまう。また、オジサンからすると、隣のヤツが自分のスーツにケツを乗っけていた、その部分が何やらなま温かい、というのは嫌なものであろう。
あるいは、座っているうちにオジサンが、スーツ・ケツ乗せ状態に気づくこともある。ケツの下からキュッとスーツの裾を引き抜かれると、お互い、何となく気まずい雰囲気になるものだ。
スーツの裾を自分の手でのけるのも、不作法な感じがする。相手からすると、知らない人間にスーツをいじられるのはちょっと嫌だろう。
かといって、座るときに「あの」と声をかけて相手に気づかせるのは、相手の油断、だらしなさを指摘しているようで、気が引ける。
どうすべえ。
私の場合、「すみません」と言って相手にのけてもらう、相手が気づかないようなら自分の手でのける場合が多いのだが、やはり不躾な感じからは逃れられない。
いっそ、「オジサン、好きだ!」といきなり抱きついて、オジサンに逃げてもらうか。
しかし、万が一、オジサンに「おれも好きだ!」と抱きつき返されると、取り返しのつかない事態に陥ってしまい、結局、どうすりゃいいのか、わからんのよね。
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「今日の嘘八百」
嘘二百六十九 「天才」という死因がある。